日本の学校制服

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女子生徒の制服各種

日本の学校制服(にほんのがっこうせいふく)では、日本における学校制服について述べる。

日本の学校制服

学校在学生幼児児童生徒学生)が着用する制服は、源流をたどっても、学校内部や教育現場での序列や役割を表すものではなく、在学生の制服には、一般社会と多少異なった意義があるものと考えられている一方で、第二次世界大戦後の戦後復興の中で、日本の繊維産業の発展促進という側面もある。

一般的に言えば、学校の制服には、それを着用する生徒が所属する学校を特定する機能がある。この機能には、学校側からの生徒管理と、生徒の側からのアイデンティティ・帰属心の確立という2つの要素が含まれる。1960年代末から学園紛争1980年代まで各地の進学校で起こった制服廃止闘争で廃止された学校を除き、多くの旧制中学の伝統を汲む都道府県立高校で、必ずしも活動的とはいえない詰襟の制服が堅持されている根拠には、教師側によるもののほかに生徒や地域社会からの支持もある。

制服の新設・廃止・変更に関しては、保護者・学校側の立場からは、学校内部の連帯感や秩序・規律を保つために有意義であり、愛校心を育むためにも伝統を守るためにも廃止・変更を避けるのが妥当であるという意見が見られる。また、「学生の伝統」として生徒側から制服維持論(私服・自由服への移行に対する異議)が出されることもある。制服を廃止したために志願者が減少してしまい、制服を再導入する高校もある。一方で着心地の悪さ、着替えの煩雑さ、機能性の面などから制服に否定的な意見も一定数見られる。近年は、魅力的な制服で志願者を集める目的から、制服をファッショナブルなものに変える学校も目立つ。

評価

現代社会においては、制服が考案・導入された当初から社会状況が大きく変化し、「存在意義がなくなっている」などの否定的な評価がされることもある。反対に生徒指導をある程度規格化して行える面から、小学校中学校などの制服には、社会性を身に着けさせやすくする働きもあるのではないかという意見もある。

学校外でも在学生を保護するという観点から、学生・生徒の身分を社会の人々が認識しやすい制服着用について肯定的な評価がされることもある。生徒としては学校帰りなどの寄り道など、制服のまま街を歩くのに抵抗がないという人もいれば、休日などの学校外での制服着用までは強制されたくないという意見もある。その他、アメリカ合衆国では制服を導入したところ、校内の暴力事件発生件数が減った事例などがある。公立の小学校の場合、経済力から生じる児童衣服の格差から生じる差別をなくすという目的で、制服着用を求める声も多い。一方で、制服は保護者に経済的負担が及ぶこともあり、家庭の経済格差を理由に制服導入に慎重な声もある。幼稚園などで設けられている制服については、誘拐などの犯罪者が標的とする大人を発見するのを容易にしてしまう働きもあるのではないかという意見もある。

一方で、公立小学校のほとんどが私服なのに対しほとんどの中学校で制服があることと、いじめ不登校が中学校の段階になり急増していることから、制服に反対する意見もある。制服が生徒の個性を抑圧し異質なものへの寛容心を奪っているのではないかというのである。こうした背景から、日本国内においても制服を廃止、または「標準服」として強制しない中学校高等学校もある。

また、当事者たる生徒側からの評価はまちまちである。制服によって衣服選択が楽になる、デザインが良い、生徒の伝統などの肯定的評価もあれば、着心地が悪い、格好悪い、不衛生であるなどの否定的評価も見られる。生徒が自分の所属校に誇りを持つような名門校には制服支持の向きが強いといわれるが、やはり人によって評価が分かれることも多い。後年では、制服のファッション的評価の高まりから、いったん廃止された制服がリニューアルされて復活している学校も見られる(「1990年代以降」節を参照)

種類

男子生徒用の制服は詰襟学生服ブレザー、女子生徒用の制服は女子通学服に大別されている。なお、学校の制服全般を男女形状タイプに関係無く「学生服」、小学生向けのものは「学童服」と呼ぶ場合もある。

男子

男子の制服は下記のように大きなモデル分け自体が少ないが、詰襟学生服など細かいバリエーションが多数あるモデルもある。制服に対する興味関心の度合は学校・地域、校則、時代、モデル・形状などの要因や傾向によって大きく左右されている。

学生服(学ラン)・学生帽
詰襟を用いた、旧制高等学校当時から存在する伝統的な男子の制服である。中学校では現在でも主流であるが、高等学校はブレザーなどへのモデルチェンジで大きく減少している。一部大学の体育会系にも着用されている。応援団の衣装としても使われる。かつてこの服を採用する中学・高校では学生帽の着用を義務付けていたが、1980年代半ば以降には多くの学校で着用が自由化された。
ブレザー
高等学校で主流のタイプであり[1]、小中学校でも採用が増えている。これにネクタイを合わせることが多い。ただ、ブレザーの高校でも応援団は学生服(学ラン)を着ることが多い。
イートンジャケット
カラーレスジャケットの形状で、主に濃紺色で小学校に多い。英国イートン・カレッジのイメージを流用し命名された。
セーラー服
フェリーチェインターナショナルスクール(群馬県)が、男子児童の制服としてセーラー服を採用している(夏服のシャツは男女共通。冬服の上着は男女で若干異なるが、類似したデザイン。)。かつては福岡県リンデンホール小学校が夏期のみ男子の制服としてセーラー服を採用したが、現在は別の制服に変更されている。学校制服に限らなければ、一部の幼稚園で採用されている他、西日本を中心として多くの合唱団で採用されている。セーラー服#男子生徒用の制服」も参照。

女子

女子生徒用の制服は男子生徒用の制服に比べ、デザイン・色・オプションなどの種類が豊富。女子通学服が女子受験生の学校選択の要素の1つになることもあり、学校側は女子生徒用の制服を男子生徒用の制服よりも重視する傾向がある。

女子の制服ではスカートが一般的であるが、防寒や防犯、機能性(運動のしやすさ)などへの考慮や性同一性障害に対する配慮から、オプションとしてスラックスにしている学校もある。制度として選択可能にしている自治体のほか、申し出があれば認める例もある。

セーラー服
伝統的な女子生徒の制服。このセーラー服(クラシックな従来型)を採用している中学・高校はかつてに比べれば減ったものの、女子中高生にはまだ主流の制服と言える。また近年は、セーラーブラウスジャケットを組み合わせた変形型・複合型などといったようなセーラー服を採用する中学・高校が出てきた。ボトムスについては大部分の学校では通年スカートを組み合わせるが、一部の学校(仙台市常盤木学園高等学校などでは冬期にスラックスを選択することが可能である。また、冬期のスラックス着用を義務づけている学校もある(坂井市立鳴鹿小学校安曇野市立明科中学校など)。
ブレザー
女子生徒に主流の制服。高等学校の新設校やモデルチェンジによって採用されることが比較的多い制服である。これにリボンを合わせることが多い[2]。一部の学校では、スラックスを組み合わせることも可能である。また、数は少ないが、スラックスを義務づけている学校もある(札幌市立南が丘中学校など[3])。
イートンジャケット
カラーレスジャケットの形状で、主に濃紺色で小中学校に多い。英国イートン・カレッジのイメージを流用し命名された。
ボレロ
前を打ち合わせない短い丈のジャケットで、主にジャンパースカートの上に着用。最近では衰退傾向にある。
ワンピース
冬服タイプはブレザーなどを重ね着することがある。採用校は極めて少ない。
ジャンパースカート
夏服の標準的な制服であったが、モデルチェンジの折に減少傾向にある(元々ジャンパースカートはスカートの一種であるが、冬服タイプはブレザーやボレロなどの下に着用される)。
ベスト
夏服や中間服のパターンだが、最近ではチェック柄のスカートが増えているところから、ニット系のベストに替わることが多い。
ブラウス
制服スカートに指定のブラウスを着用する夏服(盛夏服)型。その上にニット系のベストやカーディガンなどを重ね着することが多い。
スクールセーター
冬場に着用するセーター女子高生の間では冬場だけでなく春、秋にも濃紺のミニスカートに白のブラウスの上から濃紺をはじめグレーオフホワイトなどの色のスクールセーターを着用していることが多い。
コート
冬に防寒で着用する。
吊りスカート
夏はブラウスの上に着用することが多い。冬はイートンジャケットなどを重ね着する。主に小学校で見られる。

地域性

中学校、高等学校の制服が全国的に導入されているのとは対照的に、小学校の制服は導入する地域としない地域が偏在している。東日本、九州北部、南西諸島の公立小学校は私服登校の学校が多いのに対し、関西(特に大阪市内と大阪府南部で、他に滋賀県の北東部と南西部、奈良市内を除く奈良県全域、和歌山県の北部と西部で和歌山市内以外)、北陸地方瀬戸内地方、九州の中南部、東京都区部の東部[4]では制服が導入されている学校が多い。なお、男子生徒への丸刈り強制も九州地方に多い。

但し、同じ市町村にあっても制服の学校と私服の学校が混在するケースは少なくない。また上記での地域はあくまでも一例であり、茨城県水戸市のように関東にありながら4割近くの小学校で導入しているケースや、山梨県甲府市のように9割近くの小学校で私服登校が可能だが、少数ながら制服を導入している学校(学校放送の『虹色定期便』で舞台となった富士川小学校など)があるケースも存在する。逆に京都市や兵庫県神戸市、大阪府枚方市のように関西にありながら、ほとんどの小学校で私服登校が可能なケースもある。

学校の公式ホームページや教育委員会の案内・衣料メーカーの情報等で制服の着用義務の有無について公表している場合があり、それらの情報によると、制服が指定されている公立小学校が存在するのは28都府県である。具体的には福島県茨城県東京都(特に台東区は全域)、山梨県静岡県愛知県富山県石川県福井県滋賀県京都府(ごくわずか)、大阪府奈良県和歌山県三重県(ごくわずか)、兵庫県岡山県広島県島根県山口県愛媛県香川県徳島県福岡県佐賀県熊本県宮崎県鹿児島県である(国立・私立を含めた場合これ以外の地域にも着用例があり)。但し、これらの都府県においても導入率はまちまちであり、一律に導入されているというわけではない。

各地域で導入されている小学校の制服は公立小学校の場合「標準服」と呼ばれるものであり、強制ではなく奨励されるに留まるものである。

歴史

近代初期

明治維新直後は学校制度自体が未整備であり、学を志す者は従来の藩校私塾に通っていた。生活様式も江戸時代然のものであるため、着物を結い、士族の子弟は帯刀して通学していた。この時点で制服を定める動きは特になかったが、それでも塾ごとに、門人の着こなしに明らかな違いが自然に現れてきたようである。例えば、慶應義塾は無刀で角帯を締め、外出の際に羽織を着る、商法講習所の生徒は前垂れをかけた、商人風の格好で通っていたことが、当時の関係者の証言にある。

初期の洋服の学校制服の例に、工学寮(後の工部大学校)が1873年の開校時に、紺色の詰襟服を制定したことが挙げられる。制服(のみならずその他日用品のほとんど)が官給品であったことも特徴的である。学習院では、1879年、在学生同士での経済的な格差を感じることがなく、生徒としての意識を高めることを目的に服制が決められた。また、今日一般的な学生服として認識される制服を制定したのは、帝国大学(後の東京帝国大学)であった。1886年に風紀向上策の一環として取り入れられた(制帽は、前年に在学生が考案したものを採用した)。

一方で東京美術学校では、1889年に闕腋袍よりなる服装が考案された。教員・生徒とも同じ型(色で区別)で、飛鳥・奈良時代の官人の服に倣ったものであったが、これは伝統美術の復興を志向する岡倉天心校長の意図が強く働いた結果であり、賛否両論があった。

明治 - 昭和初期

明治時代後期にもなると、教育の場では体操の際に動きやすく機能的であるとして、洋式の制服が次第に定められていった。男子の制服は、当時の国家主義的風潮と、縫製の容易さから詰襟型の上衣と軍隊式の制帽の組み合わせが主流だったが、大正時代に民主的風潮が広まると、背広型の制服を定める例もいくつか見られた。東京府立第五中学校(現・東京都立小石川中等教育学校)では、自由主義的な思想を持っていた伊藤長七校長が、全国の中学校で初めて、背広型の制服とネクタイを導入したのが一例である。

女子の制服は、当初は定まったものがないか、着物に袴をはく和服様式が多かったが、やがて洋服の普及に合わせて、スーツにスカート、或いはセーラー服を制定する学校が増加していく。

太平洋戦争 - 昭和中期

日中戦争が激化し、物資の不足が目立ってくると、学校の制服も全国的な統制を受けるようになる。1941年より、文部省によって中学校以上に在籍する生徒・学生は国民服乙号に戦闘帽、ゲートルを着用し、制服の新調は控えるよう決められた。帽章やボタンに使用される金属も供出の対象になり、代用品として陶製やガラスのボタンが充てられた。女子生徒にも統一されたデザインの服を着用するよう求められている。

太平洋戦争敗戦後は以上の規制も撤廃されるが、極度の物不足のために従来の制服を着られる者はあまりおらず、先述の国民服や軍服などで代用するケースが多く見られた。経済が回復するにしたがい、学校制服の普及率も再び高まっていった。

1960年代から1970年代

第二次世界大戦後、1960年代後半から、主に服飾ファッション界)の関係者から「会社員がドブネズミと称されるような画一的な服装をするのは、中高生の多感な時期に制服を押し付けられ服飾感覚を磨く機会が奪われているからだ」という批判があった。この背景には、ピーコック革命と称する大人の男性の服装をもっと見栄え良く(ファッショナブルに)していくという動きがあった。制服批判には、こどもや青少年の没個性化の原因は制服にあるとされ、さらに、男子の詰襟学生服や女子のセーラー服は、共に軍服の格好が参考にされていたことから、工夫の少なさや、平和主義を標榜する国家である日本の教育現場にふさわしいものなのかという議論もあった。

1970年代には、このような中で、制帽、制服を廃止して自由服などに移行する高等学校も現れ始めた。

1980年代

1980年代後半には、大都市圏の私立の高等学校を中心に、見栄えの良い制服を導入することが流行した。従来の紺・黒系統から明るい色が増えたり、斬新なデザイン、チェック模様のズボン、カラフルなネクタイ、防寒着の変化(ダッフルコートマントの採用)、複数の制服の自由な組み合わせなどが挙げられる。見栄えの良い制服の導入は、受験生を増やして入学試験の合格点を上げる効果があるといわれた。また、いわゆる管理教育の見直しなど校則に関する社会的な議論の高まりを背景に、それまで制服が当たり前であった公立中学・公立高校でも一部に制服を廃止し、着用義務のない標準服に移行する学校が出てきた。

いわゆる伝統校と呼ばれる学校ほど制服のデザインには保守的である傾向がある。

1990年代以降

1990年代以降の在学生の制服については、スーツなどのフォーマルウェアが時としてそうであるようにおしゃれやファッションの手段として傾向も強まり、制服の着方(着こなし方・着崩し方)や存在などをめぐっては、制服着用と教育効果の関係性の面からも議論されるようになってきている(→服装の乱れ)。また自由服(私服)の高校に通う生徒などが市販の学生服(制服)や他校の制服を私服として通学時や学校のない時に着たり、他校の指定の鞄を持ったりするいわゆる「なんちゃって制服」と呼ばれる現象も存在するようになり、学生服メーカーや販売店などもそうした需要に注目している。

女子中高生を顧客に持つ、衣料品メーカーイーストボーイなど一部ブランドには「なんちゃって制服」の需要を見込んで、一見したところ制服風のブレザー、リボンタイつきブラウス、プリーツスカート、ワンポイント入りハイソックスなどを販売しているところもある。

制服のファッション化の背景には、制服は基本部分を親に購入してもらうことができるため、リボンなどの小物や色の組み合わせを変えることでオシャレを演出できるほか、小遣いの範囲で小物を買い足していくことができるといった、私服よりも安価にオシャレを楽しめることが理由だと考える意見がある[5]

一方で、制服の高価さ、不便さなどから、制服の廃止を訴える声も少なくはなく、最近は制服を廃止する学校も増えてきている。

しかし、一度制服を廃止した途端に受験者数が落ち込むケースが存在する。制服を再導入する学校も出てきている。千葉県立小金高等学校では、公立の学校としては珍しく、1993年から私服通学を認めていたが、志願者が減少の一途を辿っていたため、2011年から制服を再導入すると決定したところ、志願者数が増加した[6]。また北海道富良野高等学校が、式典などでの服装の乱れについて指摘を受け、2011年度から制服を復活させることにした[7]

近年の日本におけるこのような制服のファッション化は、日本国外でも注目されており、フランスの雑誌『Japan LifeStyle』における言及、「日本の女子高生の制服は自由の象徴」といったパリ娘たちの意見[8]や2009年Japan Expoにおける制服ファッションの前年比での激増[9]、ファッション誌に常に制服が特集されているタイ王国[10]バンコクで2009年3月に開催された制服ファッションイベント「カワイイ・フェスタ」の開催などに、その注目の度合いを見ることができる。

一方で、制服の購入には経済的負担や、人生の一時期に着用して、あとは廃棄されるという課題もある。このため、同じ学校に通う年下の子供がいる家庭への譲渡や中古品売買が一部で行われている。全国の公立中学校のうち、600校を対象にした日本国政府の調査では、制服に上履きジャージなど体操服を含めた一式の金額は、平均6万円である[11]

脚注・出典

  1. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「ex」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  2. 一部の学校では、女子でもネクタイを合わせることもある。
  3. 北海道新聞』2008年2月14日
  4. 概ね1932年の市域拡張前の旧東京市15区の区域。
  5. 櫻井孝昌 2009 33
  6. () 「自由過ぎて」私服不人気…千葉県立小金高、制服再導入へ 読売新聞』 [ arch. ] 2009-5-23
  7. 富良野高制服復活へ 2011年度から 式典などで服装乱れ指摘受け北海道新聞』2010年3月25日
  8. 櫻井孝昌 2009 30
  9. 櫻井孝昌 2009 160
  10. 櫻井孝昌 2009 48
  11. (eco活プラス)眠る制服、後輩にリレー 専門店増・PTA向けガイドも朝日新聞』夕刊2018年12月18日(9面)2019年2月12日閲覧。

参考文献

  • 櫻井孝昌 (2009-11-30) 櫻井孝昌 [ 世界カワイイ革命 なぜ彼女たちは「日本人になりたい」と叫ぶのか ] PHP新書 2009-11-30 9784569775357

関連項目

外部リンク