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'''日産・シルビア'''(''SILVIA'')は、[[日産自動車]]で生産されていた2ドア[[ノッチバック]]タイプの[[クーペ]]型自動車(3代目、4代目には[[ハッチバック]]が存在する。また2代目及び3代目のクーペは日産では公式には「[[ハードトップ]]」と呼んだ<ref name="日産ミュージアム S10">[http://www.nissan.co.jp/MUSEUM/SILVIA/S10/main.html 日産ミュージアム シルビア S10]</ref><ref name="S110カタログ 1979年10月">1979年10月のS110シルビアのカタログの表紙、1-8、11-12、24-32、35-36頁より。</ref>)。
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<nowiki>'''日産・シルビア'''(''SILVIA'')は、[[日産自動車]]で生産されていた2ドア[[ノッチバック]]タイプの[[クーペ]]型自動車(3代目、4代目には[[ハッチバック]]が存在する。また2代目及び3代目のクーペは日産では公式には「[[ハードトップ]]」と呼んだ<ref name="日産ミュージアム S10">[http://www.nissan.co.jp/MUSEUM/SILVIA/S10/main.html 日産ミュージアム シルビア S10]</ref><ref name="S110カタログ 1979年10月">1979年10月のS110シルビアのカタログの表紙、1-8、11-12、24-32、35-36頁より。</ref>)。
  
 
名前の由来は[[ギリシャ神話]]に登場する清楚な乙女の[[シルビア|名前]]から。その語源は[[ラテン語]]で「森」を意味する。<!--なお、この「シルビア」という名前は元々[[本田技研工業]]が[[商標]]を持っていたが、ホンダが日産自動車にこの商標を譲渡した形となった。--><!--要検証-->
 
名前の由来は[[ギリシャ神話]]に登場する清楚な乙女の[[シルビア|名前]]から。その語源は[[ラテン語]]で「森」を意味する。<!--なお、この「シルビア」という名前は元々[[本田技研工業]]が[[商標]]を持っていたが、ホンダが日産自動車にこの商標を譲渡した形となった。--><!--要検証-->

2018年2月15日 (木) 22:00時点における版

'''日産・シルビア'''(''SILVIA'')は、[[日産自動車]]で生産されていた2ドア[[ノッチバック]]タイプの[[クーペ]]型自動車(3代目、4代目には[[ハッチバック]]が存在する。また2代目及び3代目のクーペは日産では公式には「[[ハードトップ]]」と呼んだ<ref name="日産ミュージアム S10">[http://www.nissan.co.jp/MUSEUM/SILVIA/S10/main.html 日産ミュージアム シルビア S10]</ref><ref name="S110カタログ 1979年10月">1979年10月のS110シルビアのカタログの表紙、1-8、11-12、24-32、35-36頁より。</ref>)。 名前の由来は[[ギリシャ神話]]に登場する清楚な乙女の[[シルビア|名前]]から。その語源は[[ラテン語]]で「森」を意味する。<!--なお、この「シルビア」という名前は元々[[本田技研工業]]が[[商標]]を持っていたが、ホンダが日産自動車にこの商標を譲渡した形となった。--><!--要検証--> もともと[[スペシャリティカー]]として登場し、3代目や5代目は当時のデートカーとして商業的に成功した。モデルチェンジと共に走行性能が向上したため、近年のモデルは[[レーサー]]や[[チューニングカー]]愛好者に人気が高い。そのため、[[2010年]]時点で日本国内で生産された車種としては[[自動車保険|任意自動車保険]]の保険料率の高い車種となっている。 == 歴史 == === 初代 CSP311型(1965年-1968年) === [[1964年]]の第11回[[東京モーターショー]]に「ダットサン クーペ1500」として出品された後、[[1965年]]4月発売。[[ダットサン・フェアレディ]](SP310型)のシャーシに[[スキナーズ・ユニオン|SU]]ツインキャブ付R型1600cc [[OHV]][[ガソリンエンジン|エンジン]]を載せ、クーペボディを架装して作られた。日本車初採用の4速フルシンクロの[[トランスミッション]]、'''クリスプカット'''と呼ばれた美しいデザイン(当時日産デザイン室に在籍した木村一男が[[ドイツ]]人デザイナー、[[アルブレヒト・フォン・ゲルツ]]による助言を採り入れながらデザインしたもの)、継ぎ目を極力減らしたボディパネルなど意欲作であったが、美しいルックスには不釣合いなタフな乗り心地や相対的な割高感に加え、兄貴分の[[日産・スカイライン|スカイライン]]や[[オープンカー|オープン]]版の[[ダットサン・フェアレディ|フェアレディ]]の影に隠れて商業的には成功したとは言えなかった。そのため、[[1968年]]6月に554台のみで生産を終了、一旦は絶版となった。 この初代シルビアは、殿内製作所(現在の株式会社[[トノックス]])にて製造された。 [[神奈川県警察]]では、[[高速道路交通警察隊]]の[[パトロールカー|パトカー]]として採用された。 社団法人[[自動車技術会]]の「[[日本の自動車技術180選]]」に選出されている。また、[[トヨタ博物館]]の3階にも展示されている。 === 2代目 S10/11型(1975年-1979年) === [[1975年]]10月、S10型発売。日本国内の車名は「ニューシルビア」で、エンブレムにも「NEW」の文字が見られる。このエンブレムは最後まで「NEW Silvia」と書かれており<ref name="シルビアを知る。その壱">『[[J's Tipo]]』 [[ネコ・パブリッシング]]、[[2006年]][[9月|9月号]]、24-25頁、『シルビアを知る。その壱』。</ref>、前期型のエンブレムはCSP311型シルビアと同じ字体だった<ref name="シルビアを知る。その壱"/>。コンセプトは初代とはうって変わり、[[北アメリカ|北米]]市場向けの「[[秘書|セクレタリー]]カー」として開発された。 プラットフォームはB210型[[日産・サニー|サニー]]をベースとしており、サスペンションはフロントが[[ストラット式サスペンション|ストラット式]]、リアが[[リーフ式サスペンション|リーフリジッド式]]を採用している。ハードウエアの面でも初代との繋がりは全く無い。 開発当初は[[ロータリーエンジン]]の搭載も検討されていたが、[[第一次石油危機|オイルショック]]の影響により見送られ、当時[[日産・ブルーバード|ブルーバード]]Uに搭載されていた、1800ccの4気筒[[SOHC]]エンジンである[[日産・L型エンジン|L18]]型(105ps)を搭載した。 [[1976年]]5月、形式変更。[[昭和51年度排出ガス規制]]対応の為、L18型は[[排出ガス規制|排ガス対策]]システムである[[日産・NAPS]]を搭載した[[燃料噴射装置|電子制御式燃料噴射]]のL18E型(115ps)に換装。型式番号もS11型となる。[[1977年]]8月にS11型はマイナーチェンジ、フロントグリルの意匠変更とフロントバンパー四隅への対衝撃ゴムの配置、最上級グレードであるType Gも設定された。<ref>[http://s11silvia.web.fc2.com/about_s11_silvia/index.html S11シルビアについて]</ref> 直線的な美しいデザインを持つ初代とは対照的に北米受けを狙った2灯式ヘッドランプや、うねりの強い2代目のスタイルは日本の顧客には共感を得られず、国内販売台数は月2000台ほどとライバルの[[トヨタ・セリカ]]には遠く及ばず不振だった<ref>自動車史料保存委員会 編 『日本の自動車アーカイヴス 乗用車 1975-1981』 [[三樹書房]]、[[2010年]][[8月25日]]初版発行、ISBN 978-4-89522-554-0、12頁。</ref>。 ちなみに、この世代の北米向けモデルで初めて'''SX'''の名が使われた。名称は[[日産・200SX|Datsun 200SX]]。通称5マイルバンパーと呼ばれる大型のバンパーを前後に装着していた。 === 3代目 S110型(1979年-1983年) === [[1979年]]3月、発売。[[プラットフォーム (自動車)|プラットフォーム]]は[[日産・サニー#4代目 B310型(1977年-1981年、バン1977年-1983年)|310型サニー]]や[[日産・バイオレット#2代目 A10/A11型 (1977-1981年)|A10型バイオレット]]と共通。ボディタイプは[[ハードトップ]]と呼ばれた<ref name="S110カタログ 1979年10月"/>[[ノッチバック]][[クーペ]]に加え、[[ハッチバック|ハッチ]]を持つ3ドア[[ファストバック]]が追加された。なお3ドアファストバックには大型バンパーおよび日本初のフロントシングルアーム[[ワイパー]]が全てのグレードに標準で装備されていた。角型4灯式[[ヘッドライト]]やセンターピラーレス・ボディ(ハードトップ<ref name="S110カタログ 1979年10月"/>のみ)等当時の流行を押さえたデザインのため<ref name="シルビアを知る。その壱"/>、月4000台を上回る販売台数を記録するヒット作となった<ref>『日本の自動車アーカイヴス 乗用車 1975-1981』、58頁。</ref>。 先代の輸出仕様車である初代[[日産・200SX|200SX]]の手応えから、さらにアメニティーに振ったコンセプトとなり、日本初のドライブコンピューターをはじめ、[[ダッシュボード (自動車)|ダッシュボード]]上の横一杯に並んだ[[ワーニング]]ランプや[[フェード|フェードアウト]]する足元灯など、[[アメリカ車]]並みのムーディーな室内イルミネーションを採用。なお、米国仕様車の名称は[[日産・200SX|200SX]]を継承している。 グレードは当初、1800ccの[[日産・Z型エンジン|Z18]]型を搭載したLS(インジェクション仕様はLSE-X)、2000ccの[[日産・Z型エンジン|Z20]]型を搭載したZS(インジェクション仕様はZSE-X)の2種が設定され、のちの[[モデルチェンジ (自動車)|マイナーチェンジ]]で[[日産・Zエンジン|Z18ET]]型を搭載したターボZSE/ZSE-X、[[日産・FJエンジン|FJ20E]]型を搭載したRS/RSエクストラが追加設定された。これは[[日産・スカイライン#6代目(R30型、1981年-1985年)|R30型スカイライン]]RS用に開発された[[DOHC]]エンジンである。 サニー系のパワートレインのため、5速[[マニュアルトランスミッション|MT]]は5速がオーバードライブではなく、直結となっており、1速が左手前にくるシフトパターンであった。そのため、発進時のシフトミスを防ぐためリバースポジションでは警告ブザーが吹鳴するようになっていた。後に5速MTは6気筒車と共通の4速プラスオーバードライブ式に変更された。 [[1982年]]には、S110型シルビアをベースに[[世界ラリー選手権|WRC]]の[[グループB]]・[[ホモロゲーション]]モデルとして、2400ccのFJ24型エンジンを搭載し、角ばったオーバーフェンダーを追加、225/50R16タイヤを標準装備する[[日産・240RS]]が登場している。 また、このモデルと次のS12型には[[日産・ブルーステージ|モーター店]]の取扱車種として[[姉妹車]]の[[日産・ガゼール|ガゼール]]が設定された。なお、[[石原プロモーション]]製作の「[[西部警察]]」で[[石原裕次郎]]演じる木暮課長専用車のS110型のオープンカーは姉妹車のガゼールである。 [[1982年]]、生産拠点を九州工場へ移す。 この年の第30回サファリラリーでは、[[日産・L型エンジン|LZ20B]]型(215ps)を搭載したグループ4仕様車が総合3位を獲得した。 [[1983年]]、生産終了。 米国向け200SXのほかにメキシコ向けには'''SAKURA'''のネーミングで売られていた。 === 4代目 S12型(1983年-1988年) === [[1983年]]8月、発売。このモデルからリアサスペンションが[[セミトレーリングアーム]]の独立式となる。また、[[リトラクタブル・ヘッドライト]]が採用された。機能面では、日本初のチルトアップ機構付き電動ガラス[[サンルーフ]]が搭載された。日本国外への輸出ではこれまでのダットサンから米国仕様を含め、[[日産・200SX|日産200SX]]とした。 ボディタイプは2ドア・ノッチバックと3ドア・ハッチバックの二車種。センターピラーを持つようになったためノッチバックボディは「ハードトップ」から「クーペ」に名称が変わった。エンジンはデビュー当初、1800ccの[[日産・CAエンジン|CA18]]型3種(キャブレター/EGI/EGIターボ)と2000ccの[[自然吸気]]エンジンである[[日産・FJエンジン|FJ20E]]型(150ps)、[[ターボチャージャー|ターボ]]を搭載した[[日産・FJエンジン|FJ20ET]]型(190ps)が設定された。同じくFJ20ET型を搭載していたDR30型[[日産・スカイライン|スカイライン]]では、空冷[[インタークーラー]]を追加した205ps仕様が設定されたが、S12型には採用が見送られた(試作車両が十数台、生産され 一部が世に流出した)。 なお当初は新開発の「CA18」型エンジンをフロントミッドシップに搭載し、新型・軽量エンジンとハンドリングの良さを売りにしていたモデルだが、たまたまフルモデルチェンジと重なりS110型からFJ20エンジンを継続したため、当初のデザインのままではエンジンが収まりきらないため、ボンネットを切り抜きバルジで蓋がしてある(インタークーラー用のインテークダクトではない)。 [[1984年]]2月、1800ターボR-L [[FISCO]]追加。中級グレードのターボ・R-LにFJ20E/ET搭載車と同じタイヤ、アルミホイール等を装備したもの。 [[1986年]]2月、マイナーチェンジ。FJ20E/FJ20ET型エンジン搭載車が廃止され、全車CA型エンジン搭載車となった。トップグレードには[[日産・CAエンジン|CA18]]DET型ツインカム・ターボエンジンが搭載された(これ以後、[[DOHC]]からTWINCAMという表記になる)。同時に兄弟車のガゼールが廃止。このため、日産モーター店では代替としてシルビアを扱うことになった(北米モデル:200SXにはVG30E型3000ccエンジンを積む大排気量車が追加)。 [[1988年]]に生産終了。 === 5代目 S13型(1988年-1993年) === [[1988年]]5月、発売。歴代シルビアの中で最も販売台数が多い。このモデルで当時大人気だった[[ホンダ・プレリュード]]の牙城を崩し、若者を中心に爆発的に売れた。当時としては未来的なデザインで、[[コマーシャルメッセージ|CM]]や雑誌広告のコピーでも「'''アートフォース・シルビア'''(ART FORCE SILVIA)」と表現しており、[[グッドデザイン大賞]]を受賞した。足回りには新開発のリアマルチリンクサスペンションが採用された。 日産はこのモデルをデートカーとして位置づけていたが、当時すでに少なくなっていたミドルクラスの後輪駆動車で、スポーツ走行にも適した設計であったことが原因で、[[アフターマーケット]]においてスポーツ走行用の様々な改造パーツが開発され、日産の想定外の事態として、サーキットや峠などで走るための車として使用される(時に、無謀な暴走行為に使用される)こととなった。これはS13型だけに限った話ではなく、その後のモデルであるS14型やS15型も同様である。 搭載エンジンは、デビュー当初は1800cc、自然吸気エンジンのCA18DE型(135ps)とターボのCA18DET型(175ps)であった。[[1991年]]のマイナーチェンジ後は2000ccの[[日産・SRエンジン|SR20DE]]型(140ps)と[[日産・SRエンジン|SR20DET]]型(205ps)に変更された。グレードはJ's、Q's、K'sの3種で、特別仕様車の名称も含めて[[トランプ]]を意識した構成になっていた。 オプション装備では、[[プロジェクターヘッドランプ]]、四輪操舵装置の[[HICAS]] IIや、[[デジタルメーター]]、[[ヘッドアップディスプレイ|HUD]]であるフロントウインドウディスプレイなどが用意され、未来的なイメージを後押しした。 1988年7月、[[オーテックジャパン]]製の「コンバーチブル」を追加発売。K'sを改造したものであり、製造はオープン構造の車の生産を得意とする[[高田工業]]に委託されていた。 1988年10月、昭和63年度の通産省選定グッドデザイン大賞を受賞。 1988年12月、'88~89年日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。 [[1989年]]4月、[[姉妹車]]の[[日産・180SX|180SX]](RS13型)が発売。リトラクタブルライトを採用したS13型の北米輸出仕様車[[日産・240SX|240SX]]ハッチバックボディの日本仕様車であり、車名の「180」は排気量の1800ccにちなんでいる。エンジンはシルビアと異なり、ターボモデルのCA18DET型のみ設定していた。この180SXはS13型同様に人気が高く、S13シルビアの販売終了後もS14型と共に販売が続けられた。 [[1990年]]2月、「'''ダイヤセレクション'''」シリーズを追加発売。Q's、K'sをベースにそれまでの販売実績から人気の高いオプションを標準化しながら価格上昇を最小限に抑えたお買い得仕様。内容はオートエアコン、アルミホイール、CDプレーヤー(ソニー製)、アーム式シートベルトガイド、電動格納式ドアミラー、プロジェクターヘッドランプ、リアスポイラー、スーパーファインコーティング(フッ素樹脂塗装)、専用エンブレム(銀地にQ'sあるいはK'sと書かれ左右にトランプのダイヤのマークが入る)、アクセントモール。尚、ダイヤセレクション専用オプションとしてレザーバージョン(本革シート、ステアリング、シフトノブのセット)が設定される。同時にQ'sに従来設定の無かったビスカスLSDのオプションが設定される。 [[1991年]]1月、マイナーチェンジ。エンジンが1800ccのCA18DE/CA18DET型から2000ccの[[日産・SRエンジン|SR20DE]]型(140ps)と[[日産・SRエンジン|SR20DET]]型(205ps)に変更された。姉妹車の180SXも同時期にSRエンジンに変更されたが、名称は180SXのままであった。そのほか、4輪操舵の[[HICAS]] IIがSUPER [[HICAS]] に変更され、タイヤサイズが195/60-15から205/60-15にサイズアップされた。さらにトランクリッド後端中央のキーホールカバー形状を逆台形から楕円形に変更、リアスポイラーを飛行機の翼をモチーフにした新形状に変更、その内蔵ハイマウントストップランプには横一列配列のLEDを採用、サイドドアビームの追加、プロジェクターヘッドランプが4連からフォグランプも含めた6連に変更、アルミホイールの形状変更、トランク裏にトリム(内装)が追加されるなどの細かい点も変更が行われている。内装はシートの形状が変更され、リア3点式シートベルトが採用され、ワイパーの間欠時間調整が追加(Q's系、K's系)、ファッションキー(キーヘッドが丸で中に「SILVIA」のロゴが入る)の採用、前期型で多かった女性ユーザーからの要望により従来の助手席側に加え運転席側にもバニティミラーを追加(Q's、K's系)。ダイヤセレクションは廃止されたが、ダイヤセレクションの内容からCDデッキと専用エンブレムを省いた仕様のメーカーオプション「ダイヤパッケージ」が設定された。また、内装のオプションとして「レザーセレクション」(本革シート、ステアリング、シフトノブ専用内装地。スーパーハイキャスとセットオプション)とアートテリアセレクション(大理石模様のスウェード調生地のシート、内装地)を追加している。マイナーチェンジ前の型式がS13型、マイナーチェンジ後はPS13型となっているが、通称としてどちらも「S13」と呼ばれることが多い。 [[1992年]]1月、「'''クラブセレクション'''」と「'''Q'sSC'''」追加発売。クラブセレクションは先のダイヤセレクションと同等の仕様。相違点はCDデッキがソニー製からクラリオン製に変更、アルミホイールが標準車と違いシルバーポリッシュ(光輝仕様)タイプとなる、専用の銀地の楕円型グレードエンブレムの文字色が濃赤になり、左上にトランプのクラブのマークと下に「club」のロゴが入る点。「Q'sSC」はQ'sにオートエアコンとシルバーポリッシュのアルミホイールを装備しながら価格上昇を抑えた質実剛健型グレード。尚、SCとは「スペシャルカード」の意である。 同時に一部仕様変更が行われ、シートベルト警報&警告灯の装備。これはエンジン始動時にメーター内の警告灯が点滅し、同時に運転席ベルト未装着の場合は警報がいずれも8秒間作動する仕組みになっていた。これに伴いメーターの変更が行われ、オートエアコンのデジタル化も行われた。 1992年5月、「'''Q's2'''」(Q'sスクエア)限定発売。同時期の日産主力車種と同様、オール日産4000万台達成を記念した期間限定車。ベースはQ'sSCでランバーサポート付きの運転席や専用ヨーロピアンインテリア、リアスポイラーなどを追加装備したもの。ボディカラーは1月に追加されたパールホワイトと既存のスーパレッド、スーパーブラックの3色。 1992年12月、「'''オールマイティ'''」追加発売。モデル末期に入り、廉価なお買い得版による販売力強化を図った仕様。ベースはJ'sでマニュアルエアコン、アルミホイール、パワーウインドー、カセットデッキ付きチューナー&4スピーカー、電動格納式カラードドアミラー等J'sには標準では未装備の快適装備を追加した仕様、またこのモデルのみベロア調ニットを使った専用シート地(縫い目の位置が見える位置に変更されコスト削減のテスト的意味合いが強い)が装備される。尚、この内装は180SXの中期型の黒ヘッド仕様にも用いられる。専用エンブレムも装備されるが、楕円ではなく長方形で銀地に黒で「A」マークとトランプのスペードのマークが入った仕様となる。 これに伴いベースとなったJ'sと年頭に追加されたQ'sSCが廃止される。 モデル末期には、そのころ発足したばかりの[[全日本GT選手権]]のGT2クラス(後のGT300クラス)に参戦し、クラスチャンピオンを獲得している。 [[1993年]]、生産終了。 輸出仕様車として、北米仕様の貨物車用の2400ccエンジン(前期型は[[日産・KAエンジン|KA24E]]、後期型は[[日産・KAエンジン|KA24DE]])を搭載した[[日産・240SX|240SX]]と、欧州仕様の[[日産・200SX|200SX]](搭載エンジンは日本仕様と同様、初期型が1800ccのCA18DE/CA18DET型、後期型が2000ccのSR20DE/SR20DET型)とが存在する。北米仕様の[[日産・240SX|240SX]]は、現地のヘッドライト位置の法規に対応するため、フロントのデザインに180SXと同様のリトラクタブルライトを採用している(日本においても、S13型シルビアのフロントセクションを180SXのものに換装した、個人レベルで製作された改造車、通称・'''ワンビア'''が存在する)。 バリエーションとしては上記の姉妹車180SXのほか、[[光岡自動車]]がS13型シルビアをベースにクラシックカーのようなボディに換装した初代[[光岡・ラセード|ラ・セード]]を発表している。また、180SXがベースではあるが、フロントセクションをS13型のものに換装した(後に一部の日産系ディーラーで正式に販売された)通称'''[[日産・シルエイティ|シルエイティ]]'''が存在する。 S13シルビアのボディは、[[ニュルブルクリンク]]にて開発中の[[日産・スカイライン|スカイラインGT-R]] (BNR32) をテストする際に、偽装用ボディパネルとして使われた。 === 6代目 S14型(1993年-1998年) === 1993年10月、発売。プラットフォームは先代の物を流用しているが、ボディサイズは拡大され全車3ナンバーとなった。 [[1996年]]のマイナーチェンジで主にフロント周りのデザインを一新したが、前期型と同様S13型と比べて大型化したボディサイズに対する先入観はいかんともしがたく、一般市場では不評のまま終わった。しかし、主にボディサイズの大型化を嫌った改造車市場において今日、S13型やS15型のワイドボディキットが支持を得ている事を考えると、販売不振の主因はデザインの不評と3ナンバーに対する抵抗感であったと言える。 現在では珍しくなったターボエンジンを搭載した[[マニュアルトランスミッション|マニュアルミッション]]設定のある[[二輪駆動|FR]]クーペモデルであること、登場から10年以上経過していることにより中古車価格も下がっていることなどの理由から、一部の改造車需要には人気があり未だに支持されている。 エンジンは自然吸気、ターボ共に改良され、[[日産・SRエンジン|SR20DE]]型は160ps、[[日産・SRエンジン|SR20DET]]型は220psにパワーアップした。先代のノンターボはレギュラーガソリン仕様だったが、ハイオク仕様に変更された。 愛好者からは前期型を「たれ目」、後期型を「吊り目」と区別されている。シャープな印象の後期型の人気が総じて高いが、前期型の柔和なスタイルを好むものもいる。中古車価格は後期型が年式の割りにかなり高値をつけられている。 [[1994年]]2月、「Q'sエアロスポーツ」限定発売。Q'sの5速MT車にエアロフォルムバンパー、スポーツグリル、ナバーン製リアスポイラー、ビスカスLSD、16インチアルミホイール、スポーツチューンドサスペンション等を装備したものでボディカラーはスーパーブラックのみの設定で1500台限定。 [[1995年]]5月、一部改良、「エアロ」シリーズと「Q'sクラブセレクションを」追加発売。一部改良により運転席エアバッグを全車標準化した他、グリルを変更し、従来フロントグリルとリアフェンダー上のグレードエンブレム下にあった「Silvia」エンブレムが廃止され、トランク上にあったエンブレムの位置もセンターから左端に移動された。Q's、K'sにはエアロフォルムバンパーやナバーン製リアスポイラー、アルミホイール、ホワイトメーター、革巻きステアリング&シフトノブ等を装備したエアロシリーズが追加される。またQ'sをベースにエアロフォルムバンパーや15インチホイール(鉄製)を装備したQ'sクラブセレクションを追加。 1996年6月、後期型へマイナーチェンジ。曲線の多かった前期型からヘッドライトを角ばった、いわゆる「ツリ目」の形状にするなど、主にフロント周りのデザインを一新し、全体的にシャープなデザインの外観に変更した。 [[1997年]]10月、「オーテックバージョン K's MF-T」が追加。[[オーテックジャパン]]によって各部をファインチューニングされており、特にエンジンはチューニングされたSR20DET型に[[IHI|石川島播磨重工業]]製の専用ターボチャージャーを組み合わせ、[[藤壺技研工業]]製の専用エキゾーストシステムと相まって、最高出力250ps/6,400rpm、最大トルク28.0kgm/4,800rpmを発生した。外観上の特徴は、大型リアスポイラー、専用フロントバンパー、[[アローエンタープライズ]]製の16インチアルミホイール。215/50R16・90Vの[[ブリヂストン]]ポテンザRE710Kaiを履き、専用スポーツサスペンションを装着していた。内装はホワイトメーター、 電圧・油圧・ブーストの3連ホワイトメーター、[[MOMO]]社製SRSエアバッグ付きスポーツステアリング、本革巻シフトノブ、専用シート地、専用ドアトリムクロスが装着されていた。 [[1998年]]、年内で生産終了。 輸出仕様車としてS13型と同様、欧州仕様車と北米仕様車が存在した。欧州仕様は、日本仕様と同様のSR20DE/SR20DET型エンジンを搭載したモデルが新型[[日産・200SX|200SX]]として販売された。北米仕様車は1996年にS14型の[[日産・240SX|240SX]]へとモデルチェンジした。エンジンは引き続きKA24DE型(155ps)が搭載された。ちなみに日本国外でも一部愛好者の間では“ゼンキ(前期)”と“コウキ(後期)”と区別される(通じる)。 === 7代目 S15型(1999年-2002年) === [[1999年]]1月、発売。 最大のトピックはS14型で拡大し不評だったボディサイズを再び5ナンバー枠に戻したことである。また、グレードはS14型までの「J's、Q's、K's」から、「spec.S、spec.R」とした。 エンジンはさらに改良され、spec.Sの[[マニュアルトランスミッション|MT]]車用SR20DE型が165ps、spec.RのSR20DET型は250psとなった([[オートマチックトランスミッション|AT]]車では、それぞれ160ps、225ps)。 また、ターボモデルであるスペックRには[[トヨタ自動車|トヨタ]]系列部品会社の[[アイシン精機|アイシン・エーアイ]]が製造した6速MTが装備され(このアイシン・エーアイ製トランスミッションはシフトフィールに優れず、元来マツダ・ロードスター用に開発されたものをベースとしていたため容量的な余裕がなく、エンジンパワーを上げるとトラブルが多発した)、更に[[ターボチャージャー]]にはS14型から引き続き[[ボールベアリング]][[タービン]]が採用され、レスポンスアップを図りつつ、低速回転からもストレスなく回る仕上がりになっている(ただし、生産終了間際のモデルにおいてはボールベアリングではなくフローティングメタルが採用されている)。 スタイル上の最大の特徴はサイド面のプレスラインがリアフェンダー、リアトランクにかけて徐々に絞り込まれる「深絞りプレス成型」を採用したリアフェンダーである。ヘッドライトはボンネットに回り込んだ「釣り目」デザイン、テールランプもトランクに回り込んだ大型のものが採用された。 メーカー純正では珍しい右Aピラー部マウントのブースト計・油圧計や運転席中央部にポップアップ式5.8インチ[[液晶モニター]]をオプションで採用する。 また、エアロ系グレードには「インテリアパッケージ」と言うオプションが選択可能で選択するとフロントシートとドアトリムが専用のオレンジのスェード調クロス地となる(リアシートは他グレードと同じ)。S15型はスタイル、ボディサイズ、走行性能などにおいて好評で、S14型が比較的不評だったのに対し一定の人気を回復した。 販売は日産[[日産・レッドステージ|レッドステージ]]で行われた。また、S15型登場に合わせて、S14型の販売不振により想定外の長寿モデルとなった[[日産・180SX|180SX]]が生産終了、モデル廃止された。 [[1999年]]10月、グレード追加によりスペックR/Sに「bパッケージ」が登場。豪華さとファッション性に重きを置いたグレードで、内容は内装ではフロントシート/ドアトリムが専用のブルーのスェード調クロス地になる(リアシートは他グレードと同じ)、ステアリングのステッチが他グレードと異なり専用のブルーステッチになる、本革巻シフトノブ採用(スペックS・bパッケージMT車のみ、スペックR系はもとより標準のため)、キーレスエントリーの標準化(通常グレードにオプションで付けた場合と異なりアンサーバックがハザードで行われる)、スペックS・bパッケージ専用装備としてスペックR系車両と同一のチタン調のメーターパネルが付く。外装ではフォグランプが標準化され、スペックR・bパッケージ専用装備としてクローム調の専用アルミホイールが装備される。また、bパッケージ専用外装色として「ライトブルーイッシュシルバー」が追加される。(2000年一部改良時にエアロ系グレードを除きライトブルーイッシュシルバーが選択可能となる) 同時に[[オーテックジャパン]]が開発を手がけた「'''オーテックバージョン'''」を追加。spec.Sをベースとして各部にファインチューニングを行い、自然吸気エンジンのNVCS付きSR20DE型専用エンジンは、圧縮比アップによる燃焼効率の向上や背圧低減による高回転域の排気効率向上、狙いのトルク特性を引き出すためバルブタイミング、リフト量のチューニング等、内部を見直す一方、[[藤壺技研工業]]製の専用エキゾーストマニホールドを採用し、最高出力200ps、最大トルク21.8kgmを発生した。ボディ補強、前後ブレーキ、6速MT、リヤヘリカルLSDなどはspec.Rと共通である。外観上はボディサイドエンブレム程度の相違しかなく、内装も専用シルバーメーター、赤ステッチ入りの専用フロントシート・ドアトリム生地など、大変控えめなものであった。 [[2000年]]5月、国産初のフルオープンタイプ電動メタルルーフのオープンカー([[クーペカブリオレ]])の「ヴァリエッタ」を発表。同年7月に発売開始した。[[1999年]]の第33回東京モーターショーに出品された、オーテックジャパンと[[高田工業]]の共同開発車である。搭載エンジンはSR20DE型のみで、詳細はspec.Sに順ずる。フロントシートに[[帝人]]および[[田中貴金属工業]]と共同開発した、[[モルフォチョウ]]の鱗粉の発色原理を応用する繊維「[[モルフォテックス]]」を織り込んだ布地「[[モルフォトーンクロス]]」(帝人および[[川島織物]]の共同開発)を採用した。 [[2000年]]10月、オーテックジャパンにより内外装に手を加えた「style-A」を追加。ちなみに、[[2000年]]には光岡自動車がS15型をベースに、2代目ラ・セードを発表している。 2002年[[1月24日]]に最終特別限定車「'''Vパッケージ'''」を発売開始。専用フロントシート・ドアトリム生地、MD・CD一体型電子チューナーラジオ、プライバシーガラス、キセノンヘッドランプなどを標準装備しつつ、価格を従来車から据え置いた。尚、この追加によりVパッケージのベースとなったスペックS・Gパッケージ、スペックR及びスペックR/S・bパッケージ、スペックR・Type-Bが廃止されグレードが整理される。 [[2002年]][[8月]]、折からのスポーツカーの販売不振や[[自動車排気ガス規制|平成12年排ガス規制]]の影響を受け、[[日産・スカイラインGT-R|R34スカイラインGT-R]]とともに生産終了となった。 S15型は、先代のS14型までのように左ハンドル車が存在しなかった為欧州向けや北米向けには輸出されず、[[オーストラリア]]と[[ニュージーランド]]向けが少数輸出された他、中古車がイギリスに渡っている。 新車当時の車両価格に対して[[任意自動車保険]]料が割高な車両である。 == シルビアのモータースポーツ活動 == === S110型 === [[1980年]]11月、[[マカオグランプリ]]・スーパーサルーンクラスおよびギア100に参戦。スーパーサルーンクラスでは優勝を飾り、ギア100では5位を記録する。共にドライバーは[[星野一義]]。 ; スーパーシルエットフォーミュラ・シルビアターボ [[1981年]]、[[富士グランチャンピオンレース]]の併催レースである[[スーパーシルエット]]クラスレースに参戦。ドライバーは星野一義。 ハッチバック(KS110型)をベースに車体の一部をパイプフレームとする[[ノバ・エンジニアリング]]製のシャシーに大型のフロントスポイラー、およびリアウイングを備える[[ムーン・クラフト]]製のカウルをまとうスーパー[[シルエットフォーミュラ]]・シルビアターボが好戦績を残した。 メインスポンサーは一貫して日本ラジヱター(現・[[カルソニックカンセイ]])。スーパーシルエットクラスレースには、同じ形状のカウルで[[1982年]]、[[1983年]]と連続参戦した(ただし、[[1983年]]途中からは同じシャーシにS12型風のカウルの組み合わせだった)。 なお、シルエットフォーミュラのエンジンは1981年度は直列4気筒DOHCの[[日産・L型エンジン|LZ20B]]型ターボ、1982年度はサファリラリー等で活躍したPA10型「[[日産・バイオレット|バイオレット]]」に搭載されていた直列4気筒DOHCの[[日産・L型エンジン|LZ20B]]型に[[エアリサーチ]]製T05Bターボチャージャー、および[[ルーカス]]製メカニカルインジェクションシステムを組合わせた[[日産・L型エンジン|LZ20B/T]](2082cc 570ps/7600rpm、55kgm/6400rpm)型だった。 日産の意向により、同様のレーシングカーが[[日産・スカイライン|スカイライン]](KDR30型)及び[[日産・ブルーバード|ブルーバード]](KY910型)でも製作され、それぞれ[[長谷見昌弘]]と[[柳田春人]]がドライブし、ターボ三羽烏として観客を沸かせた。 ; 主な戦歴 : [[1981年]]3月 富士GC 第1戦 富士300キロスピードレース大会 優勝 : [[1982年]]3月 富士300kmスピードレース GCクラス 優勝 : 1982年5月 富士グラン250kmレース GCクラス 2位 : [[1983年]]5月 富士グラン250kmレース 優勝 ; コンペティションマシン・240RS [[1983年]]、日本国外ラリー競技向けにS110型ベースの「[[日産・240RS|240RS]](BS110)」という[[ホモロゲーション]]モデルが登場。当時[[グループB]]で争われていた[[世界ラリー選手権|WRC]]に参戦した。ボディタイプはハードトップ<ref name="S110カタログ 1979年10月"/>が選ばれた。生産台数は200数台といわれている。[[1983年]]から[[1986年]]まで参戦したWRCでの最高成績は2位。 '''240RS'''のホモロゲーションマシン及び[[カスタマー]]・スペック車に使われたのは2400ccの[[日産・FJエンジン|FJ24]]型(240ps)である。さらに、240RSの[[ワークス]]カーには[[日産・FJエンジン|FJ24改]](275ps)を搭載する[[エボリューション]]モデルが存在した。ちなみに、FJ24型は国内で販売されていた[[日産・FJエンジン|FJ20E]]型とは設計・構造が異なるため、共通パーツがほとんどない競技専用エンジンだった。 [[2006年]]の[[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル|NISMO]]フェスティバルでは、日産自動車の有志の手でレストアされたワークスマシンが完成し、デモランを行った。2007年現在、この車両は日産の座間事業所内にある座間記念車庫に保管されている。また、[[ローカル]]競技ではあるが、240RSは日本のある[[エンスージアスト]]の手により近年の[[タルガ・タスマニア・ラリー]]に参戦し、好成績を収めている。 === S12型 === ; スーパーシルエットフォーミュラ・シルビアターボ シルエットフォーミュラにも引続き参戦したが、車両自体は先代S110型のシルエットフォーミュラ仕様のボディパネルをS12風に変更したモデルである。現存しているシルビアのシルエットフォーミュラ仕様車はこのS12風カウルをまとったもので、2005年の[[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル|NISMO]]フェスティバルでは、レストアされたこのマシンを当時のドライバーである[[星野一義]]がドライブした。 ; 主な戦歴 : [[1983年]]9月 富士GC 第3戦 富士インター200マイルレース大会 2位 : 1983年10月 スーパーカップレース SSクラス 優勝 ; WRC・グループAクラスへの参戦 S12型の北米向けモデル[[日産・200SX|200SX]](RVS12型)には、V6・3000ccの[[日産・VGエンジン|VG30E]]型を搭載するモデルも存在した。日産はこれをベースにラリー仕様車を製作、[[1987年]]と[[1988年]]の2年間、WRCのグループAクラスに参戦した。WRCにおける最高成績は1988年アイボリーコーストラリーの優勝。 ; 主な戦歴 : [[1987年]] 第35回サファリラリーに北米向け200SXをベースとするグループA仕様車が参戦 : [[1988年]] 第36回サファリラリーに参戦。総合2位・A4クラス優勝および総合3位を獲得 : [[1988年]] アイボリーコーストラリーに参戦。総合優勝。WRCで最後に優勝したFR車となる。 === S13型 === ; ワンメイクレース・GTI(JGTC以前のカテゴリー)への参戦 『デートカー』などの軟派なイメージが先行されたS13型も、軽量化のため内装を全て剥ぎ、ロールケージを張り巡らされ、外装ノーマルでエアロパーツが一切不可、さらにはSR20DEのメカチューンを搭載したスパルタンな車両が若手レーサーの激戦区でもあったワンメイクレースにて活躍。 また、1993年に国際級レースにNISMOよりグループA仕様のGT-RベースにしたカルソニックGT-Rと共にシルビアワンメイクレースのN2仕様のスーパーシルビアに大型エアロパーツを装着、モディファイした車両が参戦している。 === S14型 === ; JGTC・GT300クラスへの参戦 S14型は[[全日本GT選手権]](JGTC)のGT300クラスに前期型と後期型が共に参戦した。[[1997年]]シーズン、[[織戸学]]/[[福山英朗]]組の駆る後期型フェイスの[[RS・R]]シルビアがチームタイトルを獲得した。 ; NISMO 270R S14型には前期型をベースに[[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル|NISMO]]がチューニングを行った「[[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル|NISMO 270R]]」というコンプリートカーが存在した。ボディカラーはスーパーブラック(#KH3)のみ。開発にはレーシングドライバーの[[木下隆之]]が関与した。車名はNISMOの手でファインチューニングされたSR20DET型エンジンの最高出力である270馬力にちなんでいる。 === S15型 === ; JGTC・GT300クラスへの参戦 S15型は[[全日本GT選手権]](JGTC)のGT300クラスにデビュー直後から参戦した。[[2001年]]シーズン、[[大八木信行]]/[[青木孝行]]組の[[ダイシンモータースポーツ|ダイシン]]・シルビアがチーム及びドライバーズタイトルを獲得している。また、2004年シーズンからは日産のGT300クラスの主力の座をZ33型[[日産・フェアレディZ|フェアレディZ]]に譲り、翌年第一戦から退いた。 ; 主な戦歴 : [[2001年]] JGTC GT300クラスに参戦。チーム・ダイシン・シルビアがチーム及びドライバーズタイトル獲得 ; 全日本ラリー選手権・2輪駆動部門への参戦 2001年、2002年には[[全日本ラリー選手権]]2WD部門に参戦した。チームは[[ニッサン・ラリー・サービス|NRS]]で、連続で年間ドライバーズタイトルを獲得している。 === 出場レースなど === * シルエットフォーミュラ(Gr.5) * [[JSS]] * [[世界ラリー選手権]] * 全日本GT選手権 * 全日本ラリー選手権 * [[全日本プロドリフト選手権]] * 日産シルビアレース * 富士フレッシュマンレース == チューニング == === S13型 === S13型の弱点としては、左側のメインフレームが何故か途中で切れているため、その部分に補強する必要がある(実際、補強用パーツ等が複数存在する)。 また、マイナーチェンジ後に搭載されたSR20DET型エンジンは極端に燃料系のキャパシティが少ないため、[[ブーストアップ]]程度でも強化燃料ポンプ(R32/R33[[日産・スカイライン|スカイライン]]GT-Rに搭載される[[日産・RBエンジン|RB26DETT]]用のポンプを加工流用するのが定番)への交換とインジェクター(ブーストアップ止まりならS15用、それ以上まで視野に入れるのなら[[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル|NISMO]]等の社外品(550cc~)を使うのが定番)に交換する必要がある。また、横からの重力が強く掛かる運転を続けていると燃料タンク内の仕切り板が外れ、燃料を吸えなくなり[[エンジンブロー]]するなど、サーキット走行やドリフト走行では注意や対策が必要といわれている。 PS13型はNA車とターボ車間のコンバートが非常に楽にできる設計になっている。後継モデルのS14型、S15型と進むにつれ、コンバートが難しくなっている。 === S14型 === ターボの潜在ポテンシャルはS13型に比べて上がったもののS13型と同様に燃料系が弱く、燃料系パーツの強化を行わないで過給圧をノーマルの設定から上げると、そのような改造を想定していないためか簡単にエンジンブローする。ただしS13型と比べてボディ[[剛性]]と燃料タンクの問題は解消されている。 S14後期型の販売当時、ドリフト界では[[ハチロク]]→[[日産・180SX|180SX]]と5ナンバー車が主流だったために「デカい、カッコ悪い」とのイメージが前期型から続いていた。ところが、[[織戸学]]が[[いかす走り屋チーム天国|イカ天統一戦]]を豪快なドリフト走行で勝利したことから、速い上にドリフトアングルが付けられる車として、デザインはさておき一時的なブームとなり、「ハチロクや180SX、4ドア車のポテンシャルを全て引き出してもS14に勝つのは難しい」と言われるほどになった。批判の根源であった大柄なボディも、裏を反せば車体の安定感が高いということであり、一部の層からは後継モデルのS15型以上に重宝されている。 === S15型 === [[ドリフト]]ブームの影響もあり、チューニングカー愛好者層にはヒットとなった。一部のユーザーからは「フロントライトやリアのコンビネーションランプがかっこ悪いが、性能がいいから仕方なく乗る」さらに土屋圭市からは「ヘッドライトが[[バカボン]]に出てくるオマワリさんみたいだ」等の声があった(そのヘッドライトは恐らくS14を進化させたものだろう)。S13型、S14同様、ドリフト仕様の通称・[[ドリ車]]の代名詞としても有名になり、[[全日本プロドリフト選手権]](通称・D1)でも人気車種の一つに挙がっている。特に純正状態でのボディ剛性がS13型、S14型と比較して高い事や、リアサスペンションメンバーの小変更などが行われている事でトラクション性能も高い事から、コンテスト等で勝てる車両を製作する際に真っ先に候補として上げられる傾向が未だに根強い。 しかし、新搭載された6速ミッションがノーマル馬力にしか対応していない事がチューニングカー愛好者の間では問題となってしまい、全国各地で3速ギアが壊れるというトラブルが相次いだ。しかも、S14系列までのミッションと違い、ギアが壊れると3速から抜けなくなってしまい、自走不可能になってしまうという非常に深刻なトラブルであった。そのため、対策としてS14の5速ミッションをベースに[[クロスミッション]]を組み込むという、ある種[[デチューン]]とも言える改造がチューニングとして行われていた。その他、[[HKS]]や[[トラスト (企業)|トラスト]]のドグ6速ミッションへと積み替えるという手段もあったが、これは価格が相当高い物である。安価な値段で[[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル]]が強化6速ミッションを販売しているが、これも許容馬力は350psと言われている。 新デザインのピラーメーターは視認性こそ良かったものの、ブースト1.0Kg/cm以降針が動かないため、[[インタークーラー]]や[[アクチュエーター]]のトラブルで予期しないブーストが掛かってしまっても気付かず、[[タービン]]や[[エンジン]]をブローさせるというトラブルも相次いだ。結局、安全のためには社外品のブーストメーターを取り付けるしかなく、ブースト計が2つ装着されている車両も多い。 燃料系は、SRエンジン3代目にしてやっと強化されたため、ブーストアップレベルでは強化の必要はなくなった。 == 脚注・出典 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 関連項目 == {{commons|Category:Nissan Silvia}} * [[オーテックジャパン]] * [[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル]] * [[日産・ガゼール]] * [[日産・180SX]] * [[日産・シルエイティ]] * [[日産・200SX]] * [[日産・240RS]] * [[日産・240SX]] * [[星野一義]] * [[日産・SRエンジン]] * [[モータースポーツ]] * [[光岡・ラセード]] == 外部リンク == * [http://www.nissan.co.jp/MUSEUM/SILVIA/ 日産ミュージアム(日産自動車 公式サイト)] * [http://www.nissan.co.jp/SILVIA/CONVERTIBLE/index2.html オーテックジャパン バリエッタ] {{DEFAULTSORT:しるひあ}} [[Category:日産の車種]] [[Category:クーペ]] [[Category:オープンカー]] [[Category:ラリーカー|につさん しるひあ]] [[Category:日本の自動車技術180選|につさん しるひあ]] [[Category:グッドデザイン大賞]] [[en:Nissan Silvia]]