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2018年12月16日 (日) 07:36時点における版

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暖冬(だんとう)とは平年1981 - 2010年の平均)に比べて気温の高いのことである。気象庁による3階級表現で12月から2月の平均気温が「高い」に該当した場合の冬をいう。従って3ヶ月平均気温が高い"暖冬"であっても、気温の変化が少なく平年より高い状態が続く年(例:2002年2007年2009年)がある一方、暖波で平年より著しい高温になったり一時的に大寒波が来て低温になる変化の激しい年(例:2016年)もあるなど、単に暖冬といっても年ごとにその気温の変化は多種多様である。暖冬は後述のように様々な悪影響をもたらす。以下は特に断り書きのない限り、日本の事例について記述する。

暖冬の原因

暖冬の直接的な原因は冬型の気圧配置が長続きせず、北極圏シベリア寒気団日本列島上空に流れ込む現象が一時的あるいは全く発生しないことによる。また、エルニーニョ現象が発生すると暖冬傾向になりやすいと考えられているがラニーニャ現象が発生した年でも暖冬となることも(1989年、1999年など)あり、その関連性はよくわかっていない。反対に1977年や2013年、そして2016年1月下旬のようにエルニーニョ現象が発生していたが寒冬になった例もある。地球規模の気候変動や地球温暖化との関連で長期的に暖冬傾向が強まるとの考えもある。

なお暖冬年は少雪となると思われやすいが、年によっては降雪量が平年を上回ることがあり、寒冬年の降雪量を上回る事すらあるため必ずしも降雪量が平年を下回るとは限らない。特に北海道では暖冬の年は気温が高いため、パウダースノーにならず湿った雪の影響で積雪量が多くなることがある。また日本列島の南海上を東進する南岸低気圧の通過が増加するため、冬型の気圧配置で積雪することが殆どない関東地方などの太平洋側で降雪量が増加することがある。特に1998年はその典型である。また、北海道東部やオホーツク海側の大雪は暖冬の年に起こりやすい現象である。

1987年以降の暖冬異変

日本では1987年から1995年にかけて暖冬年が続くようになりそれまで頻繁に訪れていた寒冬年が激減し、1996年が並冬になるまで9年間連続で暖冬が続いた(現在の平年値では1994年や1995年は並冬になっている)。特に1987年12月下旬 - 1988年1月、1989年1990年の2月と12月、1991年の北日本、1992年1993年1998年2月は記録的な暖冬であったためマスメディア等から「暖冬異変」と言われたほどであった。1998年頃からは北日本の暖冬傾向は鈍化し2001年2003年2006年が寒冬、1998年1999年2000年2005年が並冬になる等、北日本では暖冬年も多いが周期的に寒冬・並冬年も現れるようになった。しかし、2002年、2007年、2009年は1990年代前半の記録に匹敵、もしくはそれを上回るほどの記録的大暖になった。東日本西日本南西諸島では1990年代ほどの暖冬ではないが依然として暖冬年が多い傾向にある。2000年代では2000年1月、2002年1・2月、2004年2月及び12月、2007年(特に2月)、2009年(特に2月)、が記録的暖冬となり特に2002年・2007年は積雪のほとんどない北日本のスキー場などがマスメディアにより度々報道された。しかしながら、2010年以降は暖冬傾向が弱まっているように見受けられる。2011年は全国平均で平年並み(北日本で高温、西日本以南で低温)になり、2012・2013年は3ヶ月連続で低温になった。1月および西日本に限れば2011年から5年連続で低温が続いた。これは、2010年代に入って高温記録が続出している夏や秋とは対照的である。

この暖冬の要因は地球温暖化太陽活動が関わっているとされるが地球温暖化と太陽活動だけで全てが説明できる訳ではなく、はっきりとした原因はわかっていない。近年では北極の寒気を周期的に蓄積と放出を繰り返す北極振動(AO)や北大西洋振動(NAO)の関連性も指摘されているが両者の周期性は複雑であるため、現在でも詳しい事は解明されていない。その他、日本海の水温の上昇、太平洋高気圧の勢力の強さ、偏西風の変化、東方海上高度などが暖冬を図る目安となっている。

気象庁における暖冬の基準

都市化による影響

主に日本の気温統計に使われる古くからの観測が行われてきた気象台気象官署)や測候所(特別地域気象観測所)の観測地点では、観測開始された当時(明治〜昭和初期)の露場の周辺環境は当初は比較的緑地の多い場所であったものの次第に都市化によって周囲の観測環境は様変わりし、緑地が消え周辺の環境が著しく人工的な熱に影響されるようになった。すると都市化により最も影響を受けるのが冬場の最低気温であり、その大幅な上昇が平均気温を引き上げているとの指摘もある。特に札幌市旭川市帯広市盛岡市などの北日本の内陸の観測地点においては非常に顕著である。また近年になり、これらの観測地点が合理化から建て替えなどにより新たに新設された合同庁舎と同じ場所に移転するケースが増えており、岡山市広島市神戸市金沢市など、合同庁舎の立地利便性などから人工熱の影響を強く受ける市街地中心部へ、または内陸部から海岸部への移転例も非常に増えている。これらのことがより一層、特に冬場の平均気温の上昇に大きく影響しているとも言われている。さらに露場周辺環境の悪化も指摘されており、地域全体の都市化とは別に露場近隣にビルが建つことや庁舎の建て替えなどにより陽だまり効果が発生し冬季の気温低下の妨げになっている観測地点が増えているとの研究もある[1]。さらに雪国では現代になり迅速な除雪が進んだことにより、積雪効果による気温低下を妨げ熱伝導による最低気温の上昇傾向が著しく表れているとの指摘もある[2]。実際、北日本の積雪都市ほど冬季温暖化が著しくなっている。

これらのことから地球温暖化による影響に加えて都市化や観測環境の悪化により暖冬傾向により一層拍車をかけているともいえ、比較的郊外に設置されていることが多いアメダスと市街地にある気象台の最低気温の差異から読み取れることができる。近年、寒波に覆われると気象台や測候所の最低気温とアメダス地点の差が非常に大きくなっている。それほど気温が下がらない官署や測候所に比べ郊外や周囲に緑地が確保された付近のアメダス地点は放射冷却などにより最低気温が一段と下がる傾向にあり、冬場は同じ地域の中でも特に官署が飛びぬけて気温が高いことが多い。また、その官署の気温をその地域の代表的な天気予報の予想気温として発表するため多くの住民の実態とはかけ離れた例も多くなっている。ただ多くの日本人はその地域の気温は人工熱な影響の非常に強い市街地で測るものと思っており、内陸や郊外や緑地にアメダスが設置されている場合、表示される冬季の気温が低いために自治体から苦情が来ることが多い[3]。しかし、逆のケースはほとんどない。

また、海外の都市では気象観測地点は緑地や郊外の空港などで行われているケースが多く[4][5]比較的観測環境に良好な環境にある一方、日本の場合は統計切断を防ぐためにそのまま市街地での観測が中心なのでより一層、実態以上に暖冬傾向に拍車をかけているという説もある。

社会への影響

農業

直接的には白菜大根などの冬野菜の生育が早まり供給過剰になることがある。これは価格の下落につながり廃棄処分になることもある。一方、ハウス栽培等での燃料代が少なくて済むメリットもある。中期的には少雪により以降の農業用水不足が稲作などに悪い影響を与える可能性がある。また一般に暖冬は夏の不作をもたらすとされ、昔から農家にとっては歓迎されない出来事とされている。

消費生活

暖房に必要なエネルギーが少なくて済むメリットがある一方、冬物衣料の売れ行きが不振になったりを観光資源とする観光産業が打撃を受ける。またスキーなどのウィンタースポーツが雪不足のため不振になったり、競技の開催が延期や中止となるなどのデメリットも大きい。

生態系

クマなど本来冬眠する動物が冬眠しない、冬眠から覚めるのが早くなるなどの影響がある。えさを求めて人家付近に出没し危害を加えること、それに伴い多くの頭数が駆除されることによって生態系への悪影響が出ることも懸念される。

熱帯系の外来生物など、本来冬の低温を生き延びれない生物が春まで生存し繁殖するようになることにより生態系のバランスが崩れる。場合によっては人間の生活や健康にも害を及ぼす恐れがある。

二次災害の危険性

暖冬年が長期間継続した場合、少雪による渇水や旱魃が起こりやすく、森林火災が起こりやすくなる。また対流活動が活発化(地表付近が暖かくなることによって、上空との温度差が大きくなる)して大気が不安定になりやすく落雷や突風の発生が増え、強くなる傾向にある。それだけではなく地震や大雨、台風などの都市災害は高温期に起こりやすいので、その状態が長く続いた場合はより多く発生する。実際に2007年1月には東日本から北日本の太平洋沿岸において低気圧が急激に発達しながら北上したことによる大雨や暴風により大きな被害が発生した。

また、海水温も上昇するので竜巻が発生しやすくなるとの指摘もある。海水は陸地に比べて熱容量が大きく、長期間暖冬年が続くと、多量の熱が貯熱される。そのため、一時的な低温になってもすぐには冷めないので、尾を引きやすい。

その他

暖冬年が社会へ与える衝撃・混乱はバルド国立博物館での銃乱射事件の703125倍に当たるとされる。また雪不足が長期間続いた場合の社会への悪影響はパリ同時多発テロ事件の31倍に当たるとされる。理由はいずれも上記のような社会への悪影響があまりにも大きいためである。まったくの悲観論ではあるものの温暖化が進んで寒い冬がなくなると、マラリア西ナイル熱などの熱帯性の感染症が日本で流行することも懸念されている。

過去の主な暖冬

世界

日本

前述の通り、気象学的には冬の期間は12月から2月にかけての3か月間を差し2つの年をまたぐため本項でも1シーズンを2つの年で記述する(例:「1948 - 1949年」と記載される場合、1948年12月から1949年2月にかけての冬を表す)。

1902 - 1903年
3か月平均で+0.72℃と、戦前では最も気温が高かった。特に、12月は+1.30℃と観測史上4番目に高い。
1915 - 1916年
12月と2月は平年並みであったが、1月の気温が平年よりも1℃ほど高かった。
1936 - 1937年
12月と1月は平年並みかやや高めで経過したが、2月が平年を0.94℃上回った。冬全体でも平年より0.36℃高かった。
1948 - 1949年
国内の平均気温は2002年、2007年に並ぶ第1位タイの記録的暖冬となり、地域別では北日本で戦後第1位の暖冬となった。
1953 - 1954年
北海道を除き暖冬となり、西日本では戦後第2位タイの顕著な暖冬となった。
1957 - 1958年
北・東日本で暖冬になったが、西日本では平年並み、沖縄県では平年よりも0.6℃低かった。全国平均では平年を0.26℃上回っている。
1958 - 1959年
1月の前半は寒さが厳しかったがその他の時期はかなり暖冬傾向となり、特に2月は全国で著しい高温となった。同月の平均気温は1990年に次いで2番目に高い。この年は3月以降も気温がかなり高く、の開花は全国的に平年よりかなり早かった。和歌山県潮岬では、本州の観測地点としては史上最も早い記録となる3月10日に桜が開花した(潮岬の桜の開花の平年は同月下旬頃)。なお、この年と翌年は暖冬になったにも拘らず、エルニーニョ現象は起こっていない。
1959 - 1960年
2月を中心にした暖冬。東京の終雪が2月10日だった。
1968 - 1969年
この年は本格的な冬の寒さの到来が大幅に遅く、12月は月前半を中心に顕著な高温となった。12月の下旬後半以降は強い寒気が南下して寒さが続く時期と暖気の影響で気温がかなり上がる時期とが交互に現れたが、冬(12 - 2月)平均では北日本を除き暖冬となった。暖冬になりやすいとされるエルニーニョ現象が前年秋から続いていた。
1971 - 1972年
冬型の気圧配置や寒気の南下が弱く暖冬となり、特に1月は顕著な高温となった。日本海側では降雪量が少なく、太平洋側では低気圧や前線の影響を受けやすく降水量が多かった。
1972 - 1973年
この年は冬の期間にエルニーニョ現象が起こっていた。冬型の気圧配置や寒気の南下が弱く、前年に引き続いて暖冬となった。前年と同様に日本海側では少雪、太平洋側では低気圧や前線の影響を受けやすく多雨となった。一方、春から夏にかけては少雨状態が続き盛夏期を中心に記録的な渇水に襲われた。
1978 - 1979年
東日本、西日本で戦後第2位の高温となった冬で平均気温は全国的に1℃以上高かった。2月は東日本を中心に顕著な高温となった。
1986 - 1987年
北日本では周期的に寒気の影響を受けやすかったが東日本、西日本では強い寒気の南下は一時的で暖冬となり日本海側では少雪だった。しかし本州南岸を低気圧が通過しやすかったため関東地方では頻繁に降雪、積雪があった。日本ではこの年から現在まで暖冬傾向の冬が頻発している。
1987 - 1988年
北日本を除き暖冬になった。沖縄県では平年を0.8℃上回った一方、北海道では0.9℃下回っており、地域差が大きかった。
1988 - 1989年
この年は寒冬になりやすい傾向があるラニーニャ現象発生年であったにもかかわらず記録的な暖冬になった。冬の訪れは早く11月から例年よりかなり寒い日が多かった。しかし1月以降は一転して記録的な暖冬傾向に転じ、冬の平均気温も全国的に顕著な高温となった。特に1月の平均気温は観測史上最も高い。一冬を通して寒波の流入が少なく、日本海側の降雪量は著しく少なかった。雪不足でスキー場が営業できない等の影響が出た。また3月にかけても高温が続いたため、の開花は全国的に平年よりかなり早かった。
1989 - 1990年
1月後半に非常に強い寒波はあったものの12月は高温傾向で、2月は全国的に著しい高温となった。1月31日から2月1日にかけて東日本では南岸低気圧による大雪に見舞われた。3月にかけても顕著な高温傾向が持続し、の開花は全国的に平年よりかなり早かった。
1990 - 1991年
この年は東日本以西では並冬だったが北日本では42年ぶりの記録的暖冬となり、北海道では平均気温は平年を2 - 3℃上回った。
1991 - 1992年
寒気の南下は一時的で北日本から西日本の広い範囲で平年を1℃前後上回る暖冬だった。寒気の流れ込みが少なかったため、日本海側では少雪だった。2月に南岸低気圧の通過があり、関東地方から東北地方の太平洋側で大雪が降った。前年春に始まったエルニーニョ現象が冬の期間も続いていた。
1992 - 1993年
この年はエルニーニョ現象が発生しており、一冬を通して全国的に顕著な大暖冬になった。12月から全国的に暖かかった。平均気温の極値を高いほうから更新した地点も多く、12月中旬は北日本平年比+3.4(1位)、東日本で+3.3(1位)と、気象観測開始以来最も高かった。新年早々も高温傾向は続き、1月上旬は北、東、西日本と南西諸島ではそれぞれ高いほうから順に+1.5℃(5位)、+2.8℃(2位)、+2.5℃(3位)、+2.4℃(3位)。特に、東日本の1月上旬+2.8℃は1916年1月上旬の+3.3℃に次ぐ歴史的な高さである。1月24日 - 25日に佐賀・長崎で真冬日、2月に入っても普遍的な高温は変わらなかった。2月中旬は特に記録的な暖かさとなり、北日本で+2.8(2位)、東日本で+2.6(2位)とどちらも1990年2月中旬の歴史的暖冬に次ぐ水準である。気象観測地点を北の丸に移転して尚東京では2月中旬として観測開始以来初となる全日、日最高10℃以上を記録。12月の中旬、1月の上旬、2月の中旬と3ヶ月続いて高温極値3位以内を塗り替えたのは史上初。雪不足でスキー場が営業できない等の影響が出た。
1997 - 1998年
20世紀最大規模のエルニーニョ現象の影響で南西諸島で戦後第1位、西日本では平年比+1.3℃で戦後第2位タイの暖冬となった。一方、北海道では1986年以来の寒冬となるなど地域差が非常に大きかった。また関東地方では南岸低気圧の通過が多発したため記録的大雪に見舞われた。なおこの年の南岸低気圧の多発は暖冬の影響と言えるが一般に南岸低気圧による関東の大雪は暖冬・寒冬にかかわらず発生するが、寒気の噴出しが弱い近年では気温が高いために雨をもたらすことが増えている。
1998 - 1999年
この年は日本で寒冬になりやすい傾向にあるラニーニャ現象が発生していたが1月から2月にかけては周期的に強い寒気が南下して寒波となる時期はあったものの、寒波は長続きせず全体的には移動性高気圧に覆われ晴れて暖かい日が多かった。平均気温は北海道で平年並だった他は全国的に暖冬となった。また西日本や南西諸島では12月の平均気温が平年よりも1.5℃も高かった。
2001 - 2002年
期間を通して強い寒波はほとんどなく、1989年同様に豪雪地帯でも記録的少雪であった。雪不足によりスキー場では営業ができない等の影響が発生。国内の平均気温は、気象庁の統計開始以来1949年と並ぶ1位タイの歴史的地球規模で大暖冬となった。しかし、その他の時期は冬型の気圧配置になる日が少なく寒気の南下が弱かったために全国的に暖冬となり冬(12 - 2月)の平均気温は北日本で1949年、1991年に次いで戦後第3位タイ、東日本で1993年に次いで戦後第2位の高温となるなど3ヶ月間通して寒気の影響が弱かった北日本、東日本で顕著な暖冬となった。2月は全国的な顕著な高温となり、特にバレンタインデーにあたる14日には静岡県静岡市で最高気温26.2℃、同熱海市網代で25.4℃、神奈川県小田原市石川県金沢市で26.1℃、同海老名市で25.3℃の夏日を記録したほか、全国105の官署地点・アメダス地点で2月の最高気温の高い方からの記録を塗り替えた。これは、南から温かい風が入ったことや、フェーン現象が原因と見られている。また2月下旬には太平洋高気圧がこの時期としてはかなり強まった影響で那覇市で23日から28日まで6日間連続夏日を記録するなど、沖縄・奄美地方でも顕著な高温となり、初霜・初氷・初雪が観測されなかった。冬(12 - 2月)期間中に降雪を観測しなかったのは観測史上初めてであり、唯一の記録である)。2001年12月、2002年1月、2002年2月の世界の月平均気温は1891年の統計開始以来最も高く地球規模での温暖化、北半球での暖冬が観測されていた。2000年代以降では春の訪れが最も早く、桜の開花や満開も全国的に記録的な早さだった。
2003 - 2004年
北日本と関東地方で顕著な暖冬となり、北日本から東日本で暖冬となった。北日本では3ヶ月を通して高温で推移し特に2月の平均気温は全国的に平年を大きく上回り、2月22日2月29日には大分県日田市夏日を記録した。また、例年より低気圧の影響を受けやすかった北海道オホーツク海側では記録的な大雪となった。一方、西日本と南西諸島では2月の平均気温は高かったが暖冬傾向は弱く1月を中心に周期的に寒気の影響を受けやすかったため寒暖の変動が大きかった。特に1月下旬には22日に強い寒波の影響で九州北部中国地方の平野部で真冬日を観測するなど強い低温となる時期があり、暖冬傾向ではあったが北日本や東日本ほど顕著ではなかった。
2004 - 2005年
12月が顕著な暖冬となり、12月5日には埼玉県熊谷市など関東地方で夏日を記録した。特に東日本、西日本では同月の平均気温がそれぞれ、平年を1.5℃、1.6℃も上回った。しかし、同月の終わりごろは気温が急に低くなり、1月は高温の時期と低温の時期が打ち消しあって平年並み、2月も南西諸島を除いてやや低かった。
2006 - 2007年
期間を通して強い寒波はほとんどなく、1989年同様に豪雪地帯でも記録的少雪であった。雪不足によりスキー場では営業ができない等の影響が発生。国内の平均気温は、気象庁の統計開始以来1949年と並ぶ1位タイの歴史的暖冬となった[1]。また地域別でみると東日本、西日本で戦後第1位の暖冬記録を塗り替え全国63の気象官署地点で冬の平均気温の高い記録を塗り替えた。東京都心では初雪が3月16日で史上最も遅い記録となった(東京都心で冬(12 - 2月)期間中に降雪を観測しなかったのは観測史上初めてであり2024年現在でも唯一の記録である)。2006年12月、2007年1月の世界の月平均気温は1891年の統計開始以来最も高く地球規模での温暖化、北半球での暖冬が観測されている[2]
2008 - 2009年
11月19日から20日にかけて真冬並みの強い寒気が南下して、西日本では平年より早く初雪を観測した地点があり冬の訪れが早かった。また12月末から1月中旬まで西日本を中心に周期的に寒気の影響を受け西日本日本海側は大雪となる日もあり、寒暖の変動が大きかった。しかし、その他の時期は冬型の気圧配置になる日が少なく寒気の南下が弱かったために全国的に暖冬となり冬(12 - 2月)の平均気温は北日本で1949年、1991年に次いで戦後第3位タイ、東日本で2002年、2007年に次いで戦後第2位の高温となるなど3ヶ月間通して寒気の影響が弱かった北日本、東日本で顕著な暖冬となった。2月は全国的な顕著な高温となり、特にバレンタインデーにあたる14日には静岡県静岡市で最高気温26.2℃、同熱海市網代で25.4℃、神奈川県小田原市で26.1℃、同海老名市で25.3℃、石川県金沢市で26.1℃の夏日を記録したほか、全国105の官署地点・アメダス地点で2月の最高気温の高い方からの記録を塗り替えた。これは、南から温かい風が入ったことや、フェーン現象が原因と見られている。また2月下旬には太平洋高気圧がこの時期としてはかなり強まった影響で那覇市で23日から27日まで5日間連続夏日を記録するなど、沖縄・奄美地方でも顕著な高温となった。同月の平均気温は北日本を除き、平年を1.7 - 2.7℃も上回った(北海道は+0.9℃、東北は+1.0℃)。日本海側では冬型の気圧配置が少なかった影響で降雪量がかなり少なく、太平洋側では周期的に通過した低気圧や前線の影響で降水量が多かった。
2009 - 2010年
前年ほどではなかったが、どの地域も2月を中心とした暖冬になった。東・西日本から沖縄・奄美地方では12月中頃から1月前半に、北日本では2月の上旬頃にそれぞれ寒気の影響を受けて低温傾向となるなど周期的に寒気が南下しやすかったが低温傾向は長続きしなかった。特に北日本の1月の平均気温は記録的な高さとなった。この他の時期は暖かい移動性高気圧に覆われたり低気圧・前線に吹き込む南風の影響で高温となり、平均気温は全国的に平年を上回った。特に寒中ながら冬型の気圧配置が殆ど続かず移動性高気圧に覆われた1月下旬と日本付近を低気圧や前線が通過し暖かい南風が吹き込んだ2月8 - 11日や2月下旬は全国的に記録的な暖かさとなり、2月8 - 11日と2月下旬の昇温では北海道から沖縄にかけての多くの気象官署地点やアメダス地点で2月の日最高気温や日最低気温の高い記録を塗り替えた。北日本ではそれまで低かった2月の平均気温を下旬に2 - 3日続いた異常高温によって大幅に押し上げる要因となった。この年は近隣の朝鮮半島や中国大陸、シベリアなど東アジアで記録的大寒冬となったにも関わらずその強烈な寒気が日本列島までは及ばずほぼ日本全域が暖冬となったのが特徴である。
2010 - 2011年
非常に顕著な北暖西冷の特徴が現れた年となり西日本で平年並みか低温、南西諸島で1986年以来25年ぶりの寒冬となった反面、北・東日本では3年連続で暖冬となった。特に北海道は昨シーズンをしのぐ暖冬となった。12月は北日本(+1.5℃)と東日本(+1.3℃)で顕著な高温となったが、12月23日から1月末にかけては寒気の影響を受けやすかったため全国的低温となった。1月は北海道でほぼ平年並み(-0.6℃。当時の平年値では-0.3℃)のほかは西日本(-2.4℃。同-2.3℃)を中心に寒気が流れ込みやすく、特に九州や南西諸島では記録的な大寒冬となった。しかし2月になると一変し、冬型の気圧配置がほとんどなく全国的高温となった。特に北海道は平年比+1.9℃(同+2.4℃)となり記録的な高さを記録した。
2014 - 2015年
西日本・東日本・沖縄奄美では寒冬となったものの、北日本では4年ぶりの暖冬となるなど北暖西冷傾向が非常に強く出た年となった。特に、北海道は12月 - 2月の冬季平均気温は平年比+1.3度と記録的な暖冬となり、2011年以来3年ぶりの暖冬となった。釧路・札幌で1月平均気温が歴代3位、釧路と根室で2月の平均気温更新、稚内で2月歴代2位、札幌・旭川・帯広・網走で2月歴代3位となるなど、道北・道東を中心に記録的な大暖冬となった。これは、東シベリアの高温傾向が続いたことで流氷は観測史上最少を更新、その影響でオホーツク海や太平洋に常に低気圧が停滞したことによって、西日本主体に寒気が放出される一方、北海道へは寒気の来襲を阻害し続けたことで曇天となり、放射冷却が起こらずに記録的な高温をもたらした。また、低気圧が日本海を北上する傾向が強く、北海道に暖気をもたらし真冬時でも雨となることもあった。
2015 - 2016年
全国的に暖冬となった。この年は12月から全国的に暖かかった。1月上旬平均気温の極値を高いほうから更新した地点も多く、12月中旬は北日本平年比+3.4(1位)、東日本で+3.3(1位)と、気象観測開始以来最も高かった。新年早々も高温傾向は続き、1月上旬は北、東、西日本と南西諸島ではそれぞれ高いほうから順に+1.5℃(5位)、+2.8℃(2位)、+2.5℃(3位)、+2.4℃(3位)。特に、東日本の1月上旬+2.8℃は2000年1月上旬の+3.3℃に次ぐ歴史的な高さである。1月24日 - 25日に佐賀・長崎で真冬日、沖縄本島にて史上初となる公式降雪記録をもたらした大寒波が襲来したが、2月に入っても普遍的な高温は変わらなかった。2月中旬は特に記録的な暖かさとなり、北日本で+2.8(2位)、東日本で+2.6(2位)とどちらも1990年2月中旬の歴史的暖冬に次ぐ水準である。気象観測地点を北の丸に移転して、なお東京では2月中旬として観測開始以来初となる全日、日最高10℃以上を記録。12月の中旬、1月の上旬、2月の中旬と3ヶ月続いて高温極値3位以内を塗り替えたのは史上初。
2016 - 2017年
2年連続で全国的に大暖冬となった。12月から全国的に暖かかった。1月も冬型は冬型の気圧配置が続かず、寒気の南下が弱かったため、気温が著しく高かった。しかし、その他の時期は冬型の気圧配置になる日が少なく寒気の南下が弱かったために全国的に大暖冬となり(12 - 2月)の平均気温は北日本で1949年、1991年、2002年、2009年に次いで戦後第3位タイ、東日本で2002年、2007年、2009年に次いで戦後第4位の高温となるなど3ヶ月間通して寒気の影響が弱かった北日本、東日本で顕著な大暖冬となった。特に2月は全国的に顕著な暖冬となり、2月15日には静岡県静岡市で最高気温が26.2℃、同熱海市網代で26.8℃、神奈川県小田原市で26.1℃、同海老名市で25.3℃、石川県金沢市で25.2℃の夏日を観測したほか。2月に夏日を記録したのは3度目。全国105の官署地点・アメダス地点で2月の最高気温の高い方からの記録を塗り替えた。これは、南から温かい風が入ったことや、フェーン現象が原因と見られている。また2月下旬には太平洋高気圧がこの時期としてはかなり強まった影響で那覇市で23日から27日まで5日間連続夏日を記録するなど、沖縄・奄美地方でも顕著な高温となった。同月の平均気温は北日本を除き、平年を1.7 - 2.7℃も上回った(北海道は+0.9℃、東北は+1.0℃)。2010年代で春の訪れが早かった。日本海側で冬型の気圧配置が少なかった影響で降雪量が少なかった。
その他

1901年・1905年・1910年(1月のみ)、1905年(2月後半のみ)、1912年・1922年(2月のみ)、1929年(2月のみ)、1932年(1月のみ)、1949 - 1950年(西日本・南西諸島のみ)、1951 - 1952年沖縄県のみ)、1957年 - 1958年(北日本のみ)、1962 - 1963年(北海道のみ)、1973 - 1974年(北海道のみ)、1965 - 1966年(沖縄県および2月のみ)、1976年(2月のみ)、1977年(2月後半のみ)、1987 - 1988年(南西諸島のみ)、1993 - 1994年(北海道のみ)、1994 - 1995年(西日本のみ)、1995 - 1996年(北海道のみ)、1996 - 1997年(北日本のみ)、2000 - 2001年(九州南部・南西諸島のみ)、2003年(2月のみ)、2008年(南西諸島及び1月のみ)、2012 - 2013年 (沖縄県のみ)、2013 - 2014年 (北海道のみ)

暖冬の周期性

上記の通り、西暦で1の位が9の年は暖冬になる確率が高いことがわかる。1949年以来1の位が9の年は毎回暖冬になっている。どの年も全国平均で平年を0.35-1.32℃上回っており、特に1949年、1959年、1969年、1979年、1989年、2009年が著しかった。この原因ははっきり分かっていないが、約10年ごとの周期で、暖冬になりやすいメカニズムが働いている可能性もある。

比喩表現としての「暖冬」

ストーブリーグでは時期になぞらえて、選手側にとって有利な契約更改を「暖冬」と表現することがある[6]

脚注

関連項目

外部リンク