100万円クイズハンター

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100万円クイズハンター
放送局 日本の旗 日本
ジャンル クイズ番組
放送期間
放送時間
制作局 テレビ朝日
泉放送制作
企画/PD 小松伸二
野瀬貴雄
渡部健二
監督/総指揮
演出
原作
脚本
出演者 柳生博
ナレーション
音声 モノラル放送(レギュラー放送時代)
ステレオ放送(2012年の復活特番)
字幕
データ放送
オープニング
エンディング
公式サイト [ ]
特記事項:
テンプレート
放送開始から1985年9月まで
放送期間 1981年9月28日 - 1985年9月27日
放送時間 平日 9:30 - 10:00 30分
1985年10月から終了まで
放送期間 1985年9月30日 - 1993年10月1日
放送時間 平日 10:00 - 10:30 30分

100万円クイズハンター』(ひゃくまんえんクイズハンター)は、1981年9月28日から1993年10月1日までテレビ朝日で週5日間ので放送されていたクイズ番組である。泉放送制作との共同製作。司会は柳生博が担当。放送時間は、1985年までは9:30 - 10:00 (JST) だったが、同年以降は10:00 - 10:30に放送。ネット局については番組ネット局を参照。

謳い文句は「生活の句読点(くとうてん)」。番組の最終コーナーでの「ハンターチャンス!!」の掛け声が恒例だった。正月には1時間スペシャルが放送されていた。芸能人・文化人等がゲストだったこともある。

2012年9月23日の『サンデープレゼント』枠(当日は16:00-17:25、大体の系列局で同時ネット)で19年ぶりに復活。司会は柳生博に代わり、落語家立川志の輔テレビ朝日アナウンサー堂真理子が担当した[1]。また、この復活版の宣伝を兼ね、柳生博の居住地である八ヶ岳周辺での2012年当時の生活ぶりを紹介する特別番組『100万円クイズハンター復活記念 柳生博を訪ねて… 絶景!!八ヶ岳高原暮らしSP』が前日の2012年9月22日(10:00-10:50)に放送された。

ルール

  • 4チームが右から1枠、2枠、3枠、4枠の解答席(ボックス)に座って対戦する。放送開始当初は解答者は1人ずつで、ペア戦は大会のみだった。1992年3月以降は毎日ペア戦になった。
  • 本番組のクイズ形式は前半と後半で分かれていた。どちらもハンマーを使っての早押しで、解答者は答えがわかったら解答ボタンをハンマーで叩く。問題の途中でも解答が可能で、1問につき解答者は原則として2人までであり、1人目が不正解だった際は、問題の続きが読まれた。場合によっては最初からもう一度読まれた。1人目が不正解した時点で問題が読み切られ、カウント(電子音の4音)がすでに始まっていた場合は、問題の続きを最後まで読まれる事がほとんどだった。読まれる場合は、柳生が「問題の続きをどうぞ」や「問題全部読んでみよう」(正解の際)と言ったあとに出題者が読み上げられる。柳生から問題のフォロー(解説)が入る場合があった。逆に読まれない場合は、誰にでも答えが明確に解るとされるケースが多く、柳生が「続きは読まなくていいな」と言い、次の問題に移った。
    • 問題をほんの少し読んだだけで、1人目が解答ボタンを押したときには柳生が「○○さん、推理してみよう」と言うこともあった。
  • 2人目でも不正解のときは柳生が「正解は」、「(問題の)続きと正解は」と言う。時には「これはみなさん誤解しているようなので問題を最初から読んで、そして答えも」と言ったこともある。
  • 不正解になった解答者には、解答席右上にある"×"マークが付いた。前半で2回つくと一回休み、後半では失格となった。このときは、柳生が「ハンマーを倒して置いてください」と言い、解答席に差し込んであるハンマーをはずして横置きにしていた。なお、前半戦を終了した時点で商品をまったく獲得できなかった場合、および、後半戦で獲得していた商品を横取りされて全部失った場合にも失格・退場となった。
  • 正解を表示する「答:○○××」のような字幕スーパーは一切出なかった。

前半戦・ジャンル選択クイズ

  • 前半はジャンル選択クイズ。スライド式表示になっている20台のモニターに20枚のジャンルの書かれたパネルがあり、1枚を選ぶ。なお、初期の頃は16枚だった。選ばれると2音のチャイムと共に4隅のランプが付き、その後ジャンルにまつわる問題が出され解答する。正解すると、スライドパネルが3音の効果音と共に獲得賞品が表示され、その周りには獲得した席の色の電飾が付く。そして賞品とその賞品の金額を得点として獲得できた。金額は最低でも2万円前後、最高は40万円前後と多種多様である。なお、初期の頃は最高金額が15万円前後だった。全てのジャンルの問題が終了するまで続けられる。ジャンルの背景色は、通常は緑色。親子大会の場合は親は緑色で下半分、子供は朱色寄りの赤色で上半分に表示され、また、途中でハンマーチェンジがあり、BGMが鳴るとともに子供から親への解答権移動する事もあった。
  • ジャンルの選択は、最初は柳生自身が無造作に選ぶ。2問目以降は前の問題の正解者が選び、最後は柳生がコールした。前の問題で正解者がいなければ柳生が解答者を指名している。また、20枚のどこかに「ゴールデンハンマー」が隠されており、通常、最も金額の安い賞品に付随している。このジャンルの問題に正解した場合、ゴールデンハンマーのイラストと共にファンファーレが流れ、後半のハンターチャンスでゴールデンハンマーのみが解答できる問題の解答権が得られた。正解者無しの状態で「ゴールデンハンマー」が出た場合は、ゴールデンハンマーの獲得者はなし。
  • 正解者が出なかったジャンルがあった場合は周りの電飾は付かず、その賞品は「マル得賞品」として視聴者プレゼントにまわされた。開始初期は表示されていなかったが、中期頃から画面右上に「マル得(○の中に得の文字が入る)」のテロップが表示されるようになった。[2]
  • 問題の半分以上を消化しても賞品を獲得していない解答者がいた場合、柳生が「○○さん(前の正解者)なんだけども××さん(該当する解答者)選んで」と言い、問題の選択権を移していた。
  • 終盤で1賞品も獲得していない解答者がいた場合、柳生が応援団として、番組のマスコットキャラクター「じゅうべえ」のぬいぐるみをその解答者席に置いたこともあった。

後半戦・ハンターチャンス

  • 後半の「ハンターチャンス」は問題に正解すれば、相手の獲得した賞品の中から好きな賞品を選んで、その賞品と金額(得点)を横取りできた。問題は5問(後期は6問)出題され、うち4問(後期は5問)は全チームに、1問はゴールデンハンマー獲得者のみ解答権をもつ。
  • 出題前のかけ声は「ハンターチャンス1(ワン)」などで、最終問題は「ラスト ハンターチャンス!」だった。後期は「ハンターチャンス○(1から5の数字)」と書かれたプラカードを持って進行した。BGMとともに問題に関連したイラストが画面いっぱいに表示し、その後下中央部に子画面で表示されてから、問題が読み上げられた。
  • 進行は柳生の「ハンターチャンス!!」のタイトルコールとともに解答者席の後ろのセットが転換してテレビモニターと周りの電飾、上部には入れ替えを表現するレールの電飾が登場。モニター周りの電飾は外側と内側の2段になっており、早押しの解答権を獲得時には内側の電飾が光り、それ以外は外側の電飾が光り、現時点でトップのチームには4隅のランプが点滅していた。次に柳生がゴールデンハンマーを獲得した解答者の席へ行って、通常のハンマーをゴールデンハンマーと交換。そして各チームが前半戦で獲得した賞品が出題ナレーションにより紹介[3]されその後クイズに入った。高額商品の場合は、柳生やアシスタントが金額を言うことがあった。全チームに出題される問題では最初にクイズを出題し、正解した解答者が、相手の獲得した賞品の中から好きな賞品を選んだ。時には応援席から取ってほしい賞品のリクエストが出ることもあった。
  • 柳生が「何色のどの賞品をハンターしよう!?」と尋ねると観客から(賞品名)声がかかる。解答者が品物を言うと柳生が「○○(色)の品物が○○(色)に移ります!!」と言い、上部の電飾の光が移動し、電子音とヘリコプターの効果音が流れ、モニター画面に品物が出て、金額表示が変わる。
  • 選ばれる賞品は、33 - 42万円の宝石・貴金属類の高額賞品や温泉宿泊券・食事券が多い。特に、トップが獲得したそれらの賞品を指定することが多かった。過去の放送の中にはゴールデンハンマーの賞品(東ハトのお菓子類セットなど)を横取りするということもあった。
  • ハンターチャンスの3問目前は、ゴールデンハンマー獲得者のみ解答権を持っていた。ゴールデンハンマーを持つ解答者が圧倒的にリードしているような場合は2問目の前になり、逆に大きく負けている場合は4問目の前になる。その際ファンファーレが鳴る。この場合は問題に入る前に何を取るかあらかじめ指定してから出題される。柳生が「何を取るかまず指定しよう」と言って、賞品が決定すると「(チームの色)の(賞品名)が指定されました。これは他の方は答えられません。それでは(ゴールデンハンマーを持つ解答者)だけ最後まで(問題を)ゆっくりどうぞ」と言う。正解すれば、指定されたその賞品を獲得できた。ただし、不正解になった場合は、ゴールデンハンマー獲得者が指定された賞品を持っている解答者に横取りされた。この場合、柳生が「○○さん。チャンス。(ゴールデンハンマー獲得者の色)の物だったらハンターできる」と発していた。
  • 最終問題の時には状況に応じ概ね以下の2パターンがあった。
    • 1つは柳生が「ラストだ!一気にいこう!」といい、2人で「ラスト ハンターチャンス!」というパターン。
    • 1つは柳生が「いい?最高賞品が○十○万の(賞品名)がある。」と確認のために高額賞品を説明した後に各色のボックスの点数を読み上げた後に2人で「ラスト ハンターチャンス!」というパターン。賞品説明は1つだけでなく2つや3つの場合もあった。
  • 最終問題終了後、一番多く点数を獲得した人・チームがチャンピオンとなり、チャレンジゲームの挑戦権を得ていた。チャンピオンになると、柳生からチャンピオンメダルが首に掛けられ、天井(解答者席上)に吊るされていたくす玉が割られて紙吹雪が降った。その瞬間には「チャンピオン!」の字幕スーパーが出る。同点が2人いれば、2人ともチャンピオンになった。
  • 負けてしまった解答者には、柳生からねぎらいの言葉と共に「これ、おみやげです」と言って、ぬいぐるみや、獲得賞品が無かった場合にはバッグなど参加賞に準じる賞品がプレゼントされた。そして「さぁそれでは○○さん、品物を見てハワイチャレンジです、どうぞ」と言葉をかけ、チャンピオンの解答者席の前面を開けてからチャンピオンをパネル前のステージへ移動させる。この間に出題ナレーションが「○○さん、優勝おめでとうございます。いよいよ楽しい旅の東急観光ハワイ6日間にチャレンジです。頑張ってください」というメッセージとともにハワイの映像が流れた。
  • 前半の問題で1問も正解できず1つも賞品が獲得できなかった解答者はその時点で失格となり、ハンターチャンスを行っている間は一時退場、別室に待機した。番組の最後に再度解答者席に戻り、残念賞が貰えた。そのため、仮に1名該当者がいるとすると、ハンターチャンスは3人で行っていた。

チャレンジゲーム

  • チャンピオンは番組の最後で「チャレンジゲーム」に挑戦した。チャンピオンの応援団(家族等)も集まって、パネル前のステージでゲームを行い、成功すると天井に吊るされていたくす玉が割られて紙吹雪が降り、ハワイ旅行獲得となった。ゲームの形式は放映期間中4回変わった。4代目の形式は1986年春から最終回まで続いた。
    • 初代は、赤と青のゲートをくぐって2つのバッグのどちらかを取り、バッグの中にハワイ旅行の目録があれば獲得。
    • 2代目は、4つのパネルのうち1つ選びハワイの入ったパネルが出ると獲得。
    • 3代目は、コリントゲーム形式で3者択一でハンマーで叩き、ハワイの箇所にボールが落ちれば獲得出来た。
    • 4代目は、画面左から見て、黄緑、黄色、桃色の3つのボックスのうち1つを巨大ハンマーで叩き、フラダンス人形が出てくればハワイ旅行獲得。日本人形ならば国内旅行(クーポン券)、海賊人形ならハズレとなり、番組キャラクターのぬいぐるみ獲得となった。人形の位置は毎日変わるため、数日連続で同一商品の獲得またはハズレが続くケースもあった。また、番組キャラクターが「ニャン太郎」だった頃、ボックスが2つの時期があり、「ニャン太郎」が出ればハワイ旅行、ネズミを模したキャラクター「チュウ太郎」が出た場合は残念賞として国内旅行のクーポン券が贈られた[4]
  • ハワイ旅行獲得の瞬間には「おめでとう!!ハワイ!!」の字幕スーパー(後期はCG)が出た。旅行の主催は東急観光(現・トップツアー)だったが、一時期は東京トラベルサービス主催だった時期もある。復活版での旅行主催も引き続きトップツアーが担当した。このチャレンジゲームでは、観客から「ハワイ、ハワイ…」というハワイコールが響かせていた。
  • このゲームは、番組開始当初の週4日の放送の時は勝ち抜き制で、前日の優勝者(何色が優勝しても2日目から赤になっていた)が3日間連続で勝ち抜かなければ挑戦出来なかったが、週5回放送の時になると、まずは月 - 木曜日のチャンピオンが金曜日にチャンピオン大会に進出し、そこでグランドチャンピオンになれば挑戦できた。放送開始時間が10:00になってからは、勝ち抜き戦やチャンピオン大会が廃止され、その日のチャンピオンが直接挑戦する、即戦即決形式になった。
  • 4代目のチャレンジゲームでチャンピオンが旅行獲得&失敗が決定した後程なくして柳生が残りの2つのボックスも叩いて人形の位置確認を行っていた。

2012年復活版でのルール及び制作変更点等

基本的な流れは、レギュラー当時と同じで行われた。前述のとおり司会とアシスタントが交替したほかは、スタジオセット・ナレーションの声・ジャンルのロゴ・BGM[5]など、レギュラー当時の物を忠実に再現した。ただし、以下のような相違点がある。

  • 8組の芸能人とその近親者(配偶者・子など)のペアが出場。まず兄弟・夫婦など様々な構成のペア4組によるAブロックと親子ペア4組のBブロックに分かれて、それぞれ予選を実施。予選はレギュラー当時と同じ流れ(ジャンル別問題→ハンターチャンス)で行い、各ブロックの上位2組が決勝(ファイナルハンターチャンス)に進出。ファイナルハンターチャンス終了時点で、獲得賞品の合計金額が最も多かったペアが総合優勝、ハワイをかけたチャレンジゲームに挑戦できる。
    • 問題のジャンル数は1ブロックにつき16枚と、番組初期の頃に戻された。
    • Bブロックは親子ペアとはいっても、子は最年少の11歳の他は3人がいずれも当時成年であり、ジャンルを上半分赤(子供向け問題)と下半分緑(親向け問題)には分けず、ハンマーチェンジも行わなかった。
    • 獲得商品は応援席の前の棚に置かれ、商品を運ぶ係はレギュラー期でディレクターだった男性が担当した。
    • 前半終了時の獲得賞品紹介では、すべての賞品の値段が紹介され、またそこまでの合計得点がアナウンスされた。
    • ハンターチャンス終了時点で、上位2組はファイナルハンターチャンス進出。敗れた2組は、その予選で獲得した賞品を持ち帰ることができる。
    • ファイナルハンターチャンスは、予選で獲得した賞品をそのまま持ち越して、もう1回ハンターチャンスのみ実施(ゴールデンハンマー問題は無し)。
  • セットは、モニターが装備されているレギュラー期の後半戦のセットとなり、電飾も二重から一重になる。解答権獲得時にはモニターが青バックから白バックになる。
  • 金額表示はフラップ板ではなくモニター表示でフラップ表示を再現している(金額が100万円を超えると「¥」マークが「1」に変わる演出も再現)。またネームプレートもモニター表示となって、解答権獲得時にはネームプレートが赤くなる。
  • ハンターチャンスの上部のレールの電飾はレギュラー放送では白1色だったが、復活版では虹色に光らせたり、賞品移動時のランプの色が、賞品を取られた席の色のランプから獲得した色の席の色のランプに変わっていった。
  • 各問題には問題・正解ともに字幕スーパーがつき、正解・不正解を示す「じゅうべえ」のアニメーションが追加された。
  • オリジナル放送時では4:3サイズのアナログ放送だったが、復活版では地上デジタル放送でハイビジョン制作になったため、解答者の後ろのモニターもハイビジョンとなり、問題ジャンル及び賞品をモニターするブロックもハイビジョン仕様と同じ16:9サイズに変更された(こちらもオリジナル放送時では当時のテレビ画面に従い4:3サイズだった)。オープニングアニメーションは最末期の1代前(「じゅうじゅ」が登場する前)に使用していたものをそのままハイビジョン放送用に新規制作した。
  • ゴールデンハンマーの商品獲得時のイラストが変更されている。レギュラー放送ではスライドに表示される賞品とともに黒地のゴールデンハンマーのパネルも置かれていたが、復活版ではそのパネルもなかった。
  • ハンターチャンスで商品を全部取られる[6]、2問間違えた際の失格が無くなり[7]、そのまま問題に解答できた。
  • ハンターチャンスの3問目、4問目、5問目における司会者のアクションでの指の形が変更された。
  • 賞品の提供元は、ほとんどの場合レギュラー当時と同じ企業・旅館が協力しているが、復活版にあたり賞品のグレードアップ(例:屋形船の招待券で、舟の貸切サービスを追加)・(レギュラー当時と比較して)金額の増加などのサービスを追加した企業・旅館がある。
  • なお、放送時間内で収める都合から、Bブロックの問題の2~6問目の部分は、クイズ部分を省略して獲得商品のみを紹介するというダイジェストで放送された。

その他

  • 当時は公正取引委員会の規定により賞金・賞品は100万円までという規定があった。そのため、100万円以上獲得した場合でも、旅行も含めて100万円分の賞品しか獲得できず、オーバー分の賞品・賞金は“返納”となった。
  • 上記と同様の理由で、最初は解答者席の下にある金額表示のフラップは最初は6桁で、100万円を越えた場合、「¥」のところに「1」と書かれた札を柳生が貼っていた。次第に賞品の値段も上がってきたため、1991年以降は「¥」のところもフラップに変わり、7桁表示となった。
  • 柳生の「行事」のアクセントは平板型で相撲の「行司」と同じものだった。
  • 最終回の最後の問題(ラストハンターチャンス)は、番組最終回にふさわしく「何の美を飾ると言うのでしょう?」だった。正解は「有終の美を飾る」である。しかし、この時のチャレンジゲームでは、海賊人形を出して旅行獲得ならずとなってしまい、有終の美は飾れず、柳生が苦笑いしながら海賊人形の頭を何回も叩いた。
  • 1時間に拡大されて放送されるスペシャル版の時は「ボーナスチャンス」があり、正解すればハンターチャンスで横取りされることなく無条件でもらえる賞品もあった。また、VTR出題もあった。
  • ハンターチャンスの時に解答者が、他の解答者に取られた賞品・品物を指定して「宿泊券を返して下さい」と言う事もあった。
  • ハワイチャレンジを掛けた、モグラ叩きの様に3つの箱のいずれかを優勝者が大きな形のハンマーで叩いて当てるコーナーで、優勝者がハンマーで軽く叩いても、蓋が開かずに人形が直ぐに出て来ない事もあった。柳生が「あれ?なかなか出て来ない」と言って、ハンマーを優勝者から受け取り、「あれ?調子の具合が悪いのかな?」と言った後に軽く叩くと、ようやく蓋が開いて人形が出て来た、という事も何回もあった。
  • 視聴者参加番組では珍しく、右側の解答者席が1枠となっていた。なお、1枠の右側に大型モニターが、大型モニターの右側に司会者席があった。また、客席は大型モニターの向かい側(4枠の左側)にあった。

主な出演者

司会

アシスタント

  • 若林真弓(1981.9 - 1983.9)
  • 柳澤順子(1983.10 - 1985.3)
  • 石坂有希 (1985.4- ?)
  • 川井奈緒美(? - 1989.9.29)
  • 藤岡久美子(1989.10.2 - 1991.3.31)
  • 新保映子(1991.4.1 - 1993.10.1)
  • 堂真理子アナウンサー(2012年特番[1]

出題ナレーション

  • みずほ亜樹(1981.9.28 -1982.?.? )
  • 中村真子(1982.?.? - 1993.10.1、2012年特番)

期首特番での特別企画

  • 1993年春に『邦子と徹のあんたが主役』のスペシャル版として番組対抗のクイズハンターを実施。後半の「ハンターチャンス」部分以降には本家の司会の柳生も出演。この時は『ミュージックステーション』と『桜っ子クラブ』の合同チームが優勝してチャレンジゲームに挑戦、見事に海外旅行を獲得した。さらに、『ミュージックステーション』代表のタモリが、全人形の位置を当てる奇跡もあった。タモリチームは最後の問題で正解して、テレビデオを獲得した。
    • 前半戦は本家と異なり、クイズを出題した後、正解チームがパネルをめくって、出た賞品を獲得するというルールだった。問題によっては、一度に2枚以上めくる事が可能だった。
    • また賞品のパネルには通常の賞品に加え、「邦子と徹のレコード・CD」や「映画・ドラえもん鑑賞券」といったテレビ朝日の番組にちなんだ賞品があり、さらに途中から「没収」カードが加わった。「没収」カードを引くと、引いたチームのこれまでの獲得賞品が全て没収され、それらは最下位チームに移った。言わば、「"逆"ハンターチャンス」の状態である。
    • 「ハンターチャンス」では、まず4人の芸能人が同時に歌う曲を聞き分ける問題を出題した後、通常通りの読み上げ問題を出題。ただしゴールデンハンマー獲得チーム専用の問題に関しては、前半戦のパネルの中にゴールデンハンマーが入っていなかった都合、柳生に指名されたチームがその場でゴールデンハンマー獲得、そのまま問題に挑戦した。指名されたのは『スーパーモーニング』チーム。クイズには不正解で、「木曜ドラマ」チームに賞品を奪われた。
  • 1997年春には、テレビ朝日の期首特番『超豪華オールスター大集合!!番組対抗 炎の熱血バトル』で、出場番組が4チームに分かれ、テレビ朝日の敷地内やスタジオをリレーする競争「テレビ朝日リレー」を行うのに先立ち、各チーム2名の助っ人を決めるべくクイズハンターを行った。
    • 前半戦は本家同様、ジャンルの書いたパネルを指定し、クイズに正解すると、スタジオ内にあるセリから登場する、坂本一生グレート義太夫、『電磁戦隊メガレンジャー』のメガレッド等の助っ人を獲得。なお、助っ人が3人以上になった時は、いらない助っ人を他チームに押し付ける。実際に、義太夫がそのようになった。
    • 本家同様「ゴールデンハンマー」も存在しており、その時は、巨大ゴールデンハンマーを抱えたバニーガールがセリから登場した。このハンマーは後半では使わなかった。
    • 後半も本家同様「ハンターチャンス」となっている。これは正解したチームが、自軍のいらない助っ人と他チームの欲しい助っ人を交換するというもの。ゴールデンハンマーチャンスも本家と同じ。

エピソード

  • 番組名は、開始当初の放映時間(9:30)にちなんで「9時半だー!」からクイズハンターと名付けられた[8]。初期のタイトルロゴにも9時半を指すアナログ時計があしらわれていた。
  • クイズの問題は正統派の知識クイズである。超難問やハイレベルなどのマニアックなものではなく、予選・本戦問わず比較的やさしく、生活にふさわしい問題ばかりだった。12年間の問題数は少なくとも70,000問近くに及ぶ。
  • この番組は賞品の横取り、解答者同士の醜い争いなど放送に不適切な面もあったものの、その点を司会の柳生の仕切りやアットホームな雰囲気でカバーしてお茶の間の人気を獲得、長寿番組となった。原則として関東ローカルの番組ながらも、ANN系列局のほか、独立U局にもネットされたり、バラエティー番組でもネタにされたりするなど人気・知名度は抜群だった。
  • 観客からの大声援も大きく、柳生も耳を閉じたり、驚いたりしていた。
  • この番組は泉放送制作とテレビ朝日が制作だったが、当初は、赤坂にあるTBSのHスタジオで、毎週日曜日に5本撮りで収録されていた。これは当時テレビ朝日にスタジオが少なかったことと、泉放送制作がTBSのスタッフを中心に作られた会社だったこと、TBSが緑山スタジオ・シティを作ってドラマ収録をそこに移行したことなどから、比較的スタジオ数が多く余裕があったため。なお、テレビ朝日がアーク放送センターを開設した後はスタジオに余裕ができたこともあり、収録場所は六本木センター(元本社、跡地は現在の本社がある六本木ヒルズ)第1スタジオに変更された。5本撮りだったため、片付けきれなかった紙吹雪がステージ上に残ったまま収録に入ったり、ずれた位置でくす玉が割れて優勝した隣の解答者にも紙吹雪がかかったことがある。
  • 10時から事件の初公判など報道特番が入っている場合は、10:55 - 11:25に放送時間が変更された。また、大事件の特番などで当日やむを得ず放送できなかった分などは、次の日曜日の朝6:00 - 6:30に振替放送された。なお、祝祭日は特番編成のため、番組自体が休止となる時もあった。
  • オープニングではアニメーションと柳生の「100万円クイズハンター」のタイトルコールに続き、柳生が「ごきげんいかがですか?柳生博です。生活の句読点、クイズハンター、さあ、いつものように(30分間)お茶でも飲みながらお楽しみください!」と言っていた。この番組は「生活の句読点」がコンセプトであり、洗濯や炊事などが終わり一段落した主婦向けの番組だったので、男性も出場は可能だったものの、末期の毎回ペア出場となるまでは、特別企画時を除き女性の出場が圧倒的に多かった。末期は夫婦や兄弟などでの出場などが比較的多かった。視聴者層も主婦のみならず、幅広い層に支持された。
  • 夏休みなど、学校が長期休みになると、親子ペア大会などの企画もあった。その際のオープニングではアニメーションは使用せず、スタジオ内映像をバックにタイトルを挿入し、柳生が「100万円クイズハンター ○○ペア大会」のタイトルコールを入れていた。
  • 初登場の賞品が出たときには柳生が詳細的な賞品の説明を行うことがよくあった。
  • 主婦向けに非常に簡単な問題を出すというコンセプトのため、クイズマニアなどには厳しい態度をとった。柳生は特に番組の歴史で東京大学の学生が一度も優勝していないことに繰り返し言及しており[9]、他の解答者が正解すると出場した東大生に「そんなことも知らないのか、バカ!」と叱りつけ、別の回ではカメラマンに「あいつの応援団は映さなくていい!」と言うなど、露骨に他の出場者と差別する態度をとった。その他にもある回のハンターチャンスで解答権を得た出場者が「ハネムーン」が正解となる問題に答えられず、柳生が「“ハネムーン”が答えられないなんて、アホか!」と叱りつけたこともあった。
  • 柳生がよく発していた言葉の中には他の項目に挙げているもの以外に出場者の点数がほぼ均等になっているときの「皆さん同じくらいだと思ってください」、ハンターチャンスの際の「まだまだ全員がトップチャンス」、点数が低い出場者に対しての「○○さん、がんばれ!」などがあった。
  • 番組では、前半の提供クレジットの時とクイズ終了時に、柳生博が解答席に出向いて一人ひとり握手をしていくことがある種「お約束」になっていた。
  • この番組の最高得点は218万5800点である。
  • 番組にはキャラクターが存在し、初代は名前不明のトラネコのキャラクター、2代目が白熊の「クータン」、3代目が猫の「ニャン太郎」、4代目が犬の「じゅうべぇ」だった。「じゅうべぇ」は柳生十兵衛にちなんで名づけられた。ペア戦になってからは妹の「じゅうじゅ」も登場した。参加者の記念品として各キャラクターのぬいぐるみを作成し、クイズ終了時に渡されていた。
  • 普段の放送では、賞品はパネル表示のみだったが、1時間のスペシャル版では賞品の現物がスタジオに登場した。その際に賞品を運んだのは、普段はいない「賞品隊」と呼ばれる10代後半くらいの男子アシスタント4人で、それぞれの担当チームの色(青・黄・緑・赤)のトレーナーに白の短パンがユニフォームだった。
  • 本選に、出場当時は無名だった喜多道枝が出場したことがある。
  • たけし軍団井手らっきょが一般出場者と同じ予選を受けて合格し、出場したことがある。出場時は芸名ではなく本名「井手博士」で出場していた。
  • 解答者席のボックスは毎日放送アップダウンクイズ』のゴンドラのように前の扉が開いたり、さらに解答権を得て早叩きをした際、キャラクターマークが描かれたペコン板が前に飛び出すしくみになっていた。
  • 正月(時期不明)の1時間拡大スペシャルでは、『トゥナイト』リポーターの山本晋也高見恭子が「リポーターペア」で出演。ラストハンターチャンスの問題で山本が正解し、高額賞品を獲得して大逆転でチャンピオンとなった。即戦即決形式でありハワイ旅行を獲得。観客から「監督えらい!」の声がかかった。
  • 韓国SBSでは本番組の韓国版として『整理整頓クイズ』を放送をしていた。この番組ではハンマーの代わりに棍棒を使用していた。
  • 番組の最終回で司会の柳生は「20万人の方達がここへおいで下さいました。そして全国のたくさんの方に見て頂きました。色んなことを僕達勉強しました。素敵なご家庭、素敵な友達たちに本当にお会いしました。いつかまた会いましょう。さようなら」と述べた。
  • 放送回数は全2942回、使用問題数は約7万問と司会の柳生が番組内で述べている。

主な賞品

  • べに花一番(創健社の食用紅花油) ◎
  • 日本マイセラのカマンベールチーズ ◎
  • カシオポケットテレビ
  • 平和堂貿易のペアウォッチ
  • ココ山岡のダイヤモンドジュエリーリング(40万円)
  • 自由が丘・ブティック絵麻亥由の婦人服
  • 東鳩のお菓子2万円分 ◎
  • 篠崎製菓のお菓子2万円分 ◎
  • セガ・エンタープライゼスのゲーム機・セガ・マークIII
  • テクノスジャパンのゲームソフト・熱血硬派くにおくんシリーズ(スーパーファミコンとセット)
  • 伊東温泉ハトヤホテル(1週交互に「サンハトヤホテル」も同)の宿泊券(ハトヤホテル・サンハトヤホテルとも6名様分で18万円 木曜日放送分に必ず固定されていた)
  • 伊香保温泉ホテル一富士の宿泊券
  • 東山温泉庄助の宿・瀧の湯の宿泊券
  • 四万温泉四万やまぐち館の宿泊券
  • 鬼怒川グランドホテルの宿泊券
  • 石和温泉ホテル八田の宿泊券
  • 南国酒家お食事券5万円(復活版では金額がグレードアップ)
  • 日本料理「深大寺・水神苑」の御食事券
  • 草津温泉ホテル一井の宿泊券
  • 白浜温泉グランドホテル太陽の宿泊券
  • 七沢温泉七沢荘の宿泊券(「都心から一番近い温泉」というコピー付き)
  • ホテル花月園の宿泊券
  • 伊豆・いづみ荘の宿泊券
  • 後楽園ゆうえんちの入場券と乗り物券(復活版では1dayパスポートとラクーアの入館料のセット10名分に変更)
  • 那須りんどう湖ファミリー牧場入場券
  • 共成レンテムの安全なヘリウムガスを使うラジコンバルーン2セット(3万9600円)
  • AIWAのCDラジカセ(5万6000円)
  • 中国料理「海皇」の食事券
  • 那須高原「一望閣」の宿泊券
  • 水晶米グループの「おこめ券
  • スキーインクイン津田沼のパス券
  • どこでも使える全国共通の「図書券
  • 石垣食品の「フジミネラル麦茶」
  • ローマイヤのハム・ソーセージ
  • 神州一味噌の「みそ汁名人」60個(20kg、31,200円)
  • キンワシ本舗のバックとぞうりのセット
  • 東洋化学研究所の「イオンパル600」
  • 中原街道沿い懐石料理「京浜」の御食事券
  • 小酒井美智子のマジックバック
  • 銀座9to5(ナイントゥーファイブ)のパーティー券(20名分で20万円)など
    • 獲得賞品ゼロの残念賞もあった。当初は「革の心をデザインする いど」の財布で、だんだん豪華になった。
    • ◎印はゴールデンハンマーによくついていた商品である。
    • 記載されている賞品の金額は放送当時のもの。

番組ネット局

レギュラー放送

系列は当時の系列(打ち切り時にはネット打ち切り時のもの)。

放送地域 放送局 系列 備考
関東広域圏 テレビ朝日 テレビ朝日系列 制作局
北海道 北海道テレビ
青森県 青森放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
青森朝日放送 テレビ朝日系列 1991年10月開局から
岩手県 岩手放送 TBS系列 現:IBC岩手放送
1984年10月から半年間のみ
宮城県 東日本放送 テレビ朝日系列
秋田県 秋田朝日放送 1992年10月開局から
山形県 山形テレビ 1993年4月のFNSからANNへのネットチェンジから
福島県 福島放送 1981年10月開局から
新潟県 新潟テレビ21 サービス放送開始の1983年9月25日から。
1985年9月27日までは同時ネット。
同年10月6日からは1週遅れで、放送時間は9:30より。
1992年ごろに打ち切り。
長野県 テレビ信州 テレビ朝日系列
日本テレビ系列
長野朝日放送 テレビ朝日系列 1991年4月の開局から
静岡県 静岡県民放送 途中打ち切り
現:静岡朝日テレビ
富山県 北日本放送 日本テレビ系列 1993年4月から
石川県 北陸朝日放送 テレビ朝日系列 1991年10月開局から
京都府 近畿放送 独立UHF局 現・京都放送
打ち切り時期不明
兵庫県 サンテレビ 打ち切り時期不明
鳥取県・島根県 日本海テレビ 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
1987年3月打ち切り
広島県 広島ホームテレビ テレビ朝日系列 初期の数年間は非ネット
山口県 山口放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
テレビ山口 TBS系列
山口朝日放送 テレビ朝日系列 開局当日の最終回のみ
香川県・岡山県 瀬戸内海放送
愛媛県 南海放送 日本テレビ系列 1983年4月から1989年未頃まで
長崎県 長崎文化放送 テレビ朝日系列 1990年4月開局から
熊本県 熊本放送 TBS系列
熊本朝日放送 テレビ朝日系列 1989年10月開局から
鹿児島県 鹿児島放送 1982年10月開局から

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朝日放送以外は2012年9月23日昼か夕方の放送だったが、朝日放送は24日未明(23日深夜)となった。(後述)

放送地域 放送局 系列 放送時間 備考
関東広域圏 テレビ朝日 テレビ朝日系列 16:00 - 17:25 制作局
北海道 北海道テレビ 同時ネット
岩手県 岩手朝日テレビ
秋田県 秋田朝日放送
山形県 山形テレビ
福島県 福島放送
新潟県 新潟テレビ21
長野県 長野朝日放送
静岡県 静岡朝日テレビ
石川県 北陸朝日放送
中京広域圏 名古屋テレビ
山口県 山口朝日放送
香川県・岡山県 瀬戸内海放送
愛媛県 愛媛朝日テレビ
福岡県 九州朝日放送
長崎県 長崎文化放送
熊本県 熊本朝日放送
大分県 大分朝日放送
沖縄県 琉球朝日放送
青森県 青森朝日放送 14:00 - 15:25 2時間先行ネット
宮城県 東日本放送
広島県 広島ホームテレビ
鹿児島県 鹿児島放送
近畿広域圏 朝日放送 26:23 - 27:51 10時間23分遅れ

ネット局に関する備考

レギュラー放送

  • ローカルセールス枠という性質上、テレビ朝日系列局であっても、自社制作・再放送・系列内外の遅れネット番組編成に伴い放送当日の午後や夕方の遅れネットや、放送を打ち切っていた局もあった。
  • 中京広域圏を放送対象エリアとする名古屋テレビと近畿広域圏を放送対象エリアとする朝日放送、福岡県を放送対象エリアとする九州朝日放送は編成上の都合で放送できず、朝日放送では独立局の京都放送やサンテレビに代替ネットされたものの、ともに数年で打ち切り。なお、名古屋テレビ放送は独立局の岐阜放送や三重テレビに代替ネットされなかった。余談ではあるが、最終回当日に山口朝日放送と同時開局した大分朝日放送は、開局特番放送などの都合で放送されなかった。
  • 上記の放送局でも高校野球で地元校出場の試合の放送の関係で休止した日もあった。
  • 視聴者プレゼント(マル特賞品も含む)に応募する際、その日の放送でチャンピオンとなったボックス席の色と「ご覧のテレビ局名」を書いておくことが必須だった。系列外局での放送が多かったためと推測される。

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  • レギュラー放送と同様、ローカルセールス枠として放送。ネット局全局で字幕放送を実施。音声はステレオ放送である。
  • 朝日放送は当初、テレビ朝日と同じ16:00 - 17:25に同時ネット放送する予定だったが、前時間帯のプロ野球中継「阪神タイガースVS中日ドラゴンズ」戦が終了予定の16:00を過ぎても試合が続いていたため、同日深夜(翌日未明)の時差ネット放送に変更された。名古屋テレビでも同じ試合を中継(実況・解説のみ差し替え)していたが、こちらは16時前で放送を打ち切って同時ネットとなった。さらに北海道テレビも「埼玉西武ライオンズVS北海道日本ハムファイターズ」戦を放送していたが、名古屋テレビと同様16時前で放送を打ち切って同時ネットとなった(番組中に試合結果のテロップを画面上に表示して対応した)。

スタッフ

  • 構成:吉田典正、保井明
  • 問題監修:矢沢宏、花輪如一
  • 音楽:フォノジェニック
  • ディレクター:永野秀輔、渡部健二(泉放送制作)
  • プロデューサー:小松伸二(テレビ朝日)、野瀬貴雄(泉放送制作)
  • 協力:東急観光
  • 技術協力:テイクシステムズ(武藤慶一)、日放
  • 制作:テレビ朝日、泉放送制作

ゲームソフト

  • 1996年、Macintosh/Windows95ハイブリッド版のゲームソフトが発売された。発売元は富士通パソコンシステムズ。1人用である。メインである「とことんハンマー」では、ハガキを書いて予選会に応募するところから始まる。筆記試験などが行われる予選で合格すると、番組に出場できる。実際の番組と同様の条件を満たすか、「前半の20問で一切他のプレイヤーに正解させない」「ハンターチャンスで他の3人の賞品をすべて横取りする」を達成すると優勝。優勝するとチャレンジゲームに挑戦でき、ここでハワイを取ることが目的となっている。また、予選をとばして番組で遊べるモードや、「1回につき25問の3択問題が出題され、その全てで正解が表示される」という勉強のためのモードもあった。
  • 1998年末、プレイステーションゲームソフトが発売された。発売元は同じく富士通パソコンシステムズ。CGにより番組を忠実に再現したもので、司会の柳生博も声で出演していた(ほとんどは放送素材から音源を引き出している)。また、パッケージ、タイトル画面は柳生本人の肖像もある。だが、ゲーム中の柳生のキャラクターはポリゴンだったため「怖い」という声も少なくなかった。ゲーム版での問題読みは、オリジナルで務めていた中村真子ではなく、テレビ朝日アナウンサー(当時。現:自由民主党参議院議員)の丸川珠代が務めた。オープニング映像やハンターチャンスのテロップは最末期の放送時と同じものを使用している。チャレンジゲームのBGMはハワイ旅行獲得時は本放送と同じものが使用されているが、国内旅行(旅行クーポン券獲得時)は本放送時のものにアレンジを加えた独自のものが使われ、どちらも獲得しないときは本放送時とは別のBGMが使われていた。ハンターチャンスで敗退(ゲームオーバー)した時のBGMは本放送で後半戦前のCMに入る時と同じものを使用していた。また、ゲーム終了時の画面は実際の放送で使用していたエンドカードをそのまま使用している。

関連項目

スマブラ。ゴールデンハンマーが登場する。WII及びWIIU及び3DSではクリアゲッター破壊出来る

脚注・出典

  1. 1.0 1.1 1.2 「クイズハンター」志の輔で19年ぶり復活! - サンケイスポーツ 2012年9月11日
  2. 特に高額賞品や温泉宿泊券、食事券など人気の高い賞品が「マル得賞品」になるとスタジオの観客から「あーあ」とため息が出ることも少なくなかった。
  3. 10万円以上の賞品では金額もアシスタントが補足で紹介していた。
  4. このような形式は朝日放送三枝の国盗りゲーム』のその回の優勝者が挑戦する海外旅行獲得ゲームでも取り入れられ、この時はお姫様お坊さんが入っていた。
  5. ハンターチャンスやチャンピオンなど一部BGMはアレンジしたものを使用。
  6. 具志堅用高チームがなってしまったが、残りの2問を解答している。
  7. 真栄田賢(スリムクラブ)チームがなってしまったが、残りの1問を解答している。
  8. 2012年9月放映の『100万円クイズハンター復活記念 柳生博を訪ねて… 絶景!!八ヶ岳高原暮らしSP』特番においても柳生博がそれが事実であることを証言した。
  9. 東大生時代に当番組で優勝したとブログに写真を掲載している人がいる。

外部リンク

テレビ朝日 平日9:30枠
前番組100万円クイズハンター次番組
朝のテラス誘われて二人旅
テレビ朝日 平日10:00枠
(月 - 木)ドラマ再放送
(金)東京TODAY
100万円クイズハンター(再放送枠)