ソフトバンク

提供: Yourpedia
移動: 案内検索
ソフトバンク株式会社
SOFTBANK CORP.
種類 株式会社
業種

ソフトバンク株式会社(英文名称:SoftBankSOFTBANK CORP.)は携帯電話等の電気通信事業者や、インターネット関連企業、出版社等を傘下に置く持株会社。また、プロ野球チーム「福岡ソフトバンクホークス」の親会社でもある。

沿革[編集]

  • 1980年 - 米国留学から帰国した孫正義福岡市博多区雑餉隈で2名のアルバイト社員とともにコンピュータ卸売事業の「ユニソン・ワールド」を設立(孫正義は、これを「ソフトバンクの始まり」と位置づけている。)。孫は同社員の前で、「立ち上げた会社を10年で年商500億の会社にする」と豪語した。これを聞いた二人は非現実的な法螺話と受け取り、孫の力量を見限って辞めてしまった。この二人は後に会社の急成長を目の辺りにして非常に悔しがったとされる※1
  • 1981年 - 株式会社日本ソフトバンク設立。上新電機を相手にソフトウェア卸売の契約を結ぶ。
  • 1982年 - 当時パソコンソフト最大手のハドソンと契約。仕入れと販売先が揃う。さらに、パソコン関係の出版業務に進出し業務拡大を図った。一時期はパソコンソフト卸シェアの8割近くを占めていたと言われており、パソコンソフトの価格が下がらないのはソフトバンクに責任があるという責任追及論もあった。
  • 1983年 - 孫正義が重い慢性肝炎を患っていることが発覚し、病気療養のために同氏は会長に一時退く。社長には日本警備保障(現セコム)の副社長だった大森康彦を招聘。
  • 1986年 - 孫正義が社長に復帰。大森康彦は会長に就任。
    ライバル企業にアスキー、三井物産系のソフトウイング(後にカテナ・情報サービス、パソコン関連卸売に吸収合併)ソフトウェアインターナショナル(後にソフトウェアジャパンと合併)、ソフトウェアジャパン(日本SEグループ、後にカテナにより吸収合併)1989年、後の最大ライバル企業コンピュータウェーブ設立(丸紅系・JASDAQ上場するが、赤字が原因で丸紅インフォテック「旧関東電子」に吸収合併・一部社員は子会社のサイバーロジスティクスに転籍)カテナは相次いで吸収合併を繰り返したが、社風に馴染めない社員が相次いで続出、退社し卸売りは引き続き行っているもののその規模縮小を余儀なくされた。

事業内容[編集]

グループ会社[編集]

2005年9月30日現在で連結子会社153、持分法適用関連会社94である。同日以降の異動は次の通り。

主な連結子会社[編集]

主な持分法適用関連会社[編集]

グループ会社における変更など[編集]

連結子会社関連[編集]

持分法適用関連会社関連[編集]

北朝鮮へ送金している企業への出資[編集]

同社の2006年2月分のプレスリリースに韓国オーマイニュース社に6億円余り出資と記載されているが、朝鮮日報ウェブサイトに2006年10月2日記事で、オーマイニュース社が昨年主催したマラソン大会においてオーマイニュース社が北朝鮮に75万ドル相当の資金提供をしたとされる記事が掲載された。ソフトバンクの出資した企業が北朝鮮に75万ドルの資金援助を直接行っていた事が報道され、北朝鮮への送金という反社会的企業に対し、事実を知りながら出資していると事実は企業姿勢として疑問を抱かれる物である。


関連項目[編集]

資料[編集]

  • ※1 木下栄治1999『孫正義起業の若き獅子』講談社

外部リンク[編集]

このページはウィキペディア日本語版由来のコンテンツを利用しています。もとの記事・画像はソフトバンクにあります。執筆者のリストは履歴をご覧ください。ユアペディアと同じくウィキペディアGFDLのライセンスで提供されています。コンテンツを再利用する際には同じくGFDLのライセンスを採用してください。