憑依

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憑依(ひょうい)とは、世界各地の民族の伝統的な精神文化の中に広く認められるシャーマニズムの儀式などによって引き起こされる、トランス状態変性意識状態)に伴って現れる現象として知られている。必ずしも儀式などを必要としないケースもある。憑依される人の日常的な人格とは異なる、別の意識もしくは人格が現れて、あたかも別人であるかのように振舞うため、シャーマニズムの世界では、何か霊的なものに肉体を支配されていると解釈されるされることが多い。トランス状態への移行が顕著な場合は、普段の人格とは異なる言動を取っている間の記憶が無くなるか、著しく曖昧になるケースも観察される。Possesed(ポゼスト)などともいう。

憑依にまつわる伝承とその解明[編集]

日本各地の神社には、お祭りの行事として祈祷や奉納のが認められるが、これは口寄せを行う能力を持つ巫女などが神楽巫女舞)を舞うことで、神懸りのトランス状態に移行して神の言葉(神託)を得る神降ろしの神事が、今日まで伝統文化として伝えられたものとされている。このことは憑依現象を引き起こす技術が体系的に整理されて、日本の神道の神事の要となっていったことを意味する。憑依現象について明確に記された日本最古の文献は古事記であり、天岩戸伝説にあるアメノウズメの記述がそれにあたるとされている。そこでは、現代の神社でも見ることができる勾玉布帛御幣祝詞注連縄などがすでに紹介されている。

プラトンはその著作パイドロスの中で「神に憑かれて得られる予言の力を用いて、まさに来ようとしている運命に備えるための、正しい道を教えた人たち」と、前4世紀当時のギリシャの憑依現象について紹介している。ティマイオスでは、憑依されたトランス状態の人が口にする予言や詩の内容を、客観的な視点から理性を用いて的確に判断し解釈する人が傍らに必要であることを述べている。これは日本のイタコなどにも共通して見られるシステムである。

経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation(TMS))法によって人の脳を刺激すると、宗教的な幻覚を見たり、宗教体験と類似した現象を体験をすることがあるため、憑依現象を引き起こす伝統的な神事の儀式の中に認められる、脳を磁気刺激する所作に着目する研究者もいる。一例を挙げると、出雲系の神道では、甘南備山に落雷があると、天から神が降りてきて依り代に宿ったと解釈される。山頂付近には落雷の大電流によって磁気を帯びた花崗岩(鉄分が多く含まれる)が点在する。それらに落雷の痕跡を見つけては、神が宿った聖なるものとみなして、麓の神社に持ち帰って祀る風習がある。磁化した岩を手に持つなどして巫女が神楽を舞う動作を繰り返し行うことで周期的に脳と聖石の位置関係が変化して、経頭蓋磁気刺激法の場合と同じように、周期的に変動するアルゴリズムを持った磁気による脳刺激が行われて、巫女がトランス状態へと移行して神懸りの状態が引き起こされるとする説である。日本の神道は太陽信仰がその中心に置かれているにもかかわらず、この種の神事が夜間行われることが多いのは、夜間のほうが脳が磁気刺激を受けやすい状態になっているからだとする説もある。

似たようなものに、古代ギリシャ最大の聖地デルポイポイボスアポロンの神殿の神託の伝承がある。この神殿でも神懸り状態の巫女が神託を伝えたとされているが、そこには世界のヘソの中心から採れた聖なる石が置かれていたと言われている。世界のヘソと呼ばれるものが隕石クレーターで、その中心から得られた憑依現象を引き起こす石が、磁気を帯びた隕鉄(鉄分を多く含む隕石由来の鉄)だった可能性が指摘されている。ここから、古代ギリシャの巫女達も磁気を帯びた石を用いた脳刺激によって、神懸りして神託を得ていたと、説明を試みる人がいる。また、天から飛来した隕鉄を用いて作られたと思われる武器が「まるで恋人といるような安らぎを覚える」ヒーリング的な特殊な効果を持っていたという伝承が、ギルガメシュの叙事詩に認められるため、磁気を帯びた石が脳を刺激する現象がかなり古い時代から知られて注目を集めていた可能性が指摘されている。

憑依するものの正体[編集]

憑依するものは一般にと解釈されているが、自然界を司るとされるやさまざまな空想上の存在にはじまり、その種類は多岐にわたる。ときには、生きている人物や死者の悪魔、あるいはキツネネコなどの動物霊から、稲荷や狸、蛇などの自然霊などの事例も報告されている。死者の霊と交流を行うイタコの技術を受け継ぐ人々に、ウルトラマン仮面ライダーといった現代の架空のキャラクターの霊を呼び出すようにお願いしたところ成功した実験が、テレビなどの媒体を通して広く一般に紹介されるようになったことをきっかけに、憑依するものが必ずしも伝統的な文化が持つ宗教的な世界観に由来する霊的な存在である必要はなく、人格(ペルソナ (心理学))をイメージできる存在ならば何でも憑依可能であるとして、シャーマニズムの発想から離れた新しい科学的な視点に立った解釈を、潜在意識説などの方向から試みる人々も現れてきている。

お祓いの必要性[編集]

霊媒者に乗り移った霊(人格)の種類によっては、忘我の状態になった霊媒者が暴れまわることがある。これは日本では昔から「暴れ巫女」などの呼び名で知られている。ときには柱に縛り付けて対処しなければならないほど暴れ方がひどかったケースなども報告されている。憑依した霊(人格)が邪であるか善であるかは、霊媒本人や周囲の者が判断して、適切な対処を試みなければならない場合もある。望ましくないものに憑依された状態を主体的にコントロールして、憑き物を邪のものから善のものへと浄化する伝統的な手法が幾つか知られている。昔の巫女は1週間程度水垢離をとりながら祈祷を行うことで、自分に憑いた霊を祓い浄める「サバキ」の行をおこなうこともあった。憑依現象に浄化やお祓いが必要になるケースがあることは、西洋のエクソシストを観察しても明らかである。したがって、稀に憑依現象を引き起こすことが知られている「こっくりさん占い」など、何かの霊を呼び出すと信じられている(その種の非科学的な迷信によって突発的な憑き物現象(自己誘発性催眠状態)を引き起こす元となる、好ましくない自己暗示などを与える可能性がある)ウィジャボード系のおまじないなどを、適切な修行や訓練を受けていない、お祓いの知識すら持たない者達だけで不用意に行うべきではないとの意見もある。

自動化現象と潜在意識説[編集]

こっくりさんに似た、霊が乗り移って勝手に人の体を動かしていると一般に信じられている肉体の自動化現象にオートマティスム(自動筆記)と呼ばれるものもある。聖書はこの現象によって神の言葉が記述されたものだとされている。また、宗教を離れた似たような自動化現象として一般に普及しているものに、地雷探知や水道管の破裂箇所を発見したり地下水脈などを探るのにも実際に用いられているダウジングがある。地雷探知機が容易に持ち込めないジャングルなどで、実際に多くの兵士が用いて役立ったことが報告されてから普及していった経緯を持つ技術である。これは一説によると、人の脳には磁気に反応する物質が大量に存在し、無意識のうちに微弱な磁気の変化を知覚はしているが、通常はその感知した情報を意識上に具体的にイメージして意識的な思考の対象とする術がない状態にある。無意識に知覚している意識できない情報が、手に取った木や金属の曲がった棒の自動的な動きになって現れるのは、無意識のうちに不随意的に棒を持った手の筋肉が知覚した磁気に反応する反射行動が「L字型の棒が磁気に反応して動く」という自己暗示をきっかけに形成されるからだと説明されている。地雷は金属であるため地中に敷設してあれば多少の磁気変化を生み出し、また水道管の破裂は流動する水と地中の物質の間に摩擦が生じることによって電位差が発生して地電流が変化し、電界は磁界に影響を及ぼすため微弱な磁気変化を引き起こすことが知られている。このような微弱な磁気の変化を探知するのがダウジングの技術とされている。

このようにしてみると、憑依をはじめ肉体の自動化現象は様々なケースが報告されているが、無意識に知覚している事柄や潜在意識を意識上に呼び出して、理性の光を当ててその具体的内容を知り、メンタルケアを試みる糸口を得たり、懸案となっている課題を解決するためのヒントを得ることが出来る、伝統的な脳活性化心理技術という、潜在意識説を中心とした科学的視点からの説明が成り立つ場合がある。プラトンが著作ティマイオスの中で、憑依現象を客観的な視点から理性を用いて的確に判断し解釈することの必要性を説いたのは、このためと指摘する人もいる。

医学的見地から[編集]

医学においては森田正馬(森田療法で有名)が命名研究した祈祷性精神病や、複数人に同様症状がおきる感応精神病(フォリアドゥ フランス語 folie a deux)など精神疾患の一種と解釈される場合もある。

ただし、神社に所属し神託を得る神事に実際に携わる人々は、心身ともに健康なことが勤務条件とされている。したがってトランス状態への移行に伴って出現する憑依現象を、必ずしも病的なものと決め付けるのは危険であり、無用の誤解と混乱を招くことにもなかねないので注意が必要である。韓国では、巫女をムーダン男巫をパクスと呼び、憑依現象を可能にする伝統的な心理(脳)操作技術を受け継ぐ現役のシャーマンの数はおよそ3万人とも言われているが、ほとんどの場合は精神的に健康な人々であることが知られている。

催眠や憑依現象を大脳生理学の分野から研究している人々は、憑依現象を必ずしも病的なものとは解釈せず、自己誘発性催眠状態とみなす説明を試みている。その中で、催眠状態に陥った人々の大脳新皮質前頭連合野46野の活動の変化に着目している。脳のリミッターという役割も持つ46野は、筋肉が出す力も制御(セーブ)しているため、催眠状態や憑依状態になった人は筋出力のリミッターが外れてしまい、普段は出せないいわゆる火事場の馬鹿力とか、バーサーカーと一般に呼ばれているような、信じられない力を発揮して暴れることが稀にある。いわゆる暴れ巫女と昔から呼ばれているケースなどである。憑依された人が暴れているのを取り押さえる場合は、本人が力を出しすぎて筋肉を痛めることがないように、十分注意を払う必要が出てくるケースもあるとされる。

憑依現象と混同されやすい現象として、パニックのような極度の興奮状態、夢遊病てんかんの発作などのケースもある。また、脳の機能に何らかの障害があると、自己の人格を保持する機能などが低下して解離 (心理学)が発生することもあるため、健康な人では伝統的な宗教儀式などを通して生み出された特殊な条件下でしか起らない人格変容が、必要性や必然性がない場面で起こるため、病的とみなされることもある。したがって、お祓いや精神修養やメンタルケアではなく、適切な医師の診断と治療を受ける必要があるケースも存在する。統合失調症妄想性障害解離性障害双極性障害虚偽性障害ミュンヒハウゼン症候群など精神疾患に起因するものや、アルコール依存症幻覚剤ケタミンなど薬物の影響によるものも報告されている。

現代の創作物に描かれる憑依現象[編集]

また、一部の小説・アニメなどでは、主人公(概ね男性)が、あるいは超能力が使える状態となり、別の人(概ね女性)に憑依し、好き勝手なことをするといったものがある。この種の発想は、神事において男女の巫が舞を舞う事によって神を憑依させた際に、場合によっては一時的な異性の人格へと「変身」する現象などにヒントを得て創作されたものと思われる。

関連事項[編集]